平安時代中期の宮廷で、鋭い感性と観察眼を光らせていた清少納言。彼女が著した随筆『枕草子』の中でも、人間関係のリアルな実態を皮肉たっぷりに切り取った章段として知られるのが「ありがたきもの(第74段/別本では第70段前後)」です。学校の定期テストや大学入試の古典でも定番の題材ですが、「言葉の意味がうまくつかめない」「なぜこれが珍しいとされるのか背景が分かりにくい」と頭を抱える学習者も少なくありません。
教科書に掲載される代表的な本文のわかりやすい現代語訳をはじめ、重要単語「ありがたし」の原義、試験で狙われやすい品詞分解のポイントまでを一挙に整理しました。千年前の平安貴族たちも抱えていた人間関係の生々しい悩みとともに、古典読解のツボを紐解きます。
【原文と現代語訳】枕草子「ありがたきもの」をわかりやすく対照解説

『枕草子』の「ありがたきもの」は、いわゆる「ものづくし(類聚章段)」の代表作です。清少納言が「世の中に滅多に存在しないもの」をテンポよく列挙していく構成になっています。まずは教科書頻出の冒頭から主要な段落の原文と、ニュアンスを汲み取った現代語訳を対照で確認します。
【原文】
ありがたきもの。姑に褒めらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君。毛のよく抜くる銀の毛抜き。主をそしらぬ従者。心ばせ恥づかしき人の、心置かれぬこそ、ありがたけれ。容貌・心・身の上、ともに良き人。世にあらむほどは、心ざし深く、見えにくきことも書き交はしなどするに、久しくなりて、まだあはれと思ひ離れぬ中に、手、さらに立ち返りて書かぬ。物語・集などに、めでたきことどもを書き集めて、草子などをつくろふに、墨引きつけぬ。よき絵など見合はせて、継ぎなどして、置き散らしたるを、引き破らぬ幼き子。良き男の、心ばへありと思ふ女を、まことにめでたしと思ひて、あからさまにも、立ち去らず通ひなどする。
【わかりやすい現代語訳】
世の中にめったにないもの(珍しいもの)。義理の母親(姑)からベタ褒めされる婿。また、姑から大切に可愛がられる嫁。毛がよく抜ける銀製の毛抜き。自分の主人の悪口を陰で言わない使用人。気配りが素晴らしくてこちらが気後れしてしまうほど立派な人で、それでいて気兼ねなく打ち解けられる人は、本当にめったにいない。容姿も性格も家柄も、どれも完璧に揃っている人。生きて付き合っている間は情愛が深く、人には見せられないような本音の手紙をやり取りしていた仲なのに、時間が経っても情愛が冷めない関係のままで、手紙をぱったりと送ってこなくなることはない人。物語集や歌集などの素晴らしい文句を書き集めて本(草子)を装丁・修復するときに、墨をうっかり汚さないこと。上等な絵を並べて貼り合わせ、そのまま部屋に置いてあるのを破かない幼い子ども。素敵な男性が「気配りのできる女性だ」と見込んで心底気に入った相手のもとへ、ちょっとの間も離れずにせっせと通い続けること。
「ありがたし」の古語の本当の意味とは?現代語との決定的な違い
この章段を読み解く上で最大の鍵となるのが、タイトルにもなっている形容詞「ありがたし(有り難し)」の原義です。
現代の私たちは「ありがとう」を感謝の言葉として使いますが、平安時代の古語における「ありがたし」は、文字通り「有る(存在することが)+難し(むずかしい)」という語源から成り立っています。つまり、「めったにない」「存在するのが極めて稀である」「世の中に滅多にいないほど優れている」という意味を表します。
清少納言は「世の中に感謝すべきもの」を挙げているのではなく、「こんな人やシチュエーション、現実には滅多にお目にかかれないわよね」というシニカルかつ冷静な視点で日常を切り取っています。この前提を取り違えると、文章全体のテーマや筆者の意図を誤読してしまうため、試験でも真っ先に問われる重要事項です。
清少納言の辛口人間観察!「姑に褒めらるる婿」「主をそしらぬ従者」の真相
清少納言が挙げた具体例を見ると、千年の時を超えて現代の読者も思わず苦笑してしまうような人間心理の綾が描かれています。
筆頭に挙げられているのが「姑に褒めらるる婿」と「姑に思はるる嫁」です。平安時代の貴族社会は「婿取婚(招婿婚)」が基本であり、男性が妻の実家に通う、あるいは同居するスタイルが一般的でした。妻の親(特に姑)にとって、婿は大切な娘の将来を左右する存在であると同時に、常に品定めされる対象でもあります。どれほど立派に振る舞っても姑の眼鏡に適う婿は滅多にいないという描写は、当時の宮廷社会のリアルな家庭環境を物語っています。
また、「主をそしらぬ従者」という指摘も極めて人間臭い洞察です。どれほど表向きは忠実に仕えていても、給仕の裏や同僚同士の立ち話では主人の愚痴や悪口を言ってしまうのが仕える身の常。主人の前だけでなく陰でも一切悪態をつかないパーフェクトな使用人など存在しないと断じるあたりに、宮仕えを経験した清少納言ならではのドライな視線が光ります。
「銀の毛抜き」や「本を汚さないこと」といった生活の細かなフラストレーションから、男女の恋愛の移ろいやすさまでを同列に並べてみせる編集感覚こそ、『枕草子』が千年にわたり読み継がれてきた魅力の真髄です。
【品詞分解と文法ポイント】定期テストで頻出する助動詞・敬語を徹底分析
高校の定期テストや共通テスト形式の問題で出題される重要箇所の品詞分解と文法解説をピックアップします。
① 姑に褒めらるる婿
・「姑(名詞)+に(格助詞)+褒め(マ行下二段動詞「褒む」の未然形)+らるる(受身の助動詞「らる」の連体形)+婿(名詞)」
※「らる」の意味識別(受身・可能・自発・尊敬)は最頻出です。直前に「〜に」と相手が示されているため、ここは「受身」になります。
② 主をそしらぬ従者
・「主(名詞)+を(格助詞)+そしら(ラ行四段動詞「そしる」の未然形)+ぬ(打消の助動詞「ず」の連体形)+従者(名詞)」
※「ぬ」が完了(ぬの終止形/ねの連用形)か打消(ずの連体形)かを問う問題が定番。「主を非難しない」という意味なので「打消」です。
③ 心置かれぬこそ、ありがたけれ
・「心置か(カ行四段動詞「心置く」の未然形)+れ(自発または可能の助動詞「る」の未然形)+ぬ(打消の助動詞「ず」の連体形)+こそ(係助詞)+ありがたけれ(ク活用形容詞「ありがたし」の已然形)」
※「心置く」は「気兼ねする・遠慮する」の重要古語。「こそ」を受けた結びが已然形「ありがたけれ」になる係り結びの法則が確実に問われます。
【定期テスト予想問題】現役生がおさえるべき頻出パターン
学校の定期試験で高得点を狙うために、実際に出題されやすい問題形式と解答のポイントをまとめました。
【問1】傍線部「ありがたきもの」の「ありがたき」の意味として最も適切なものを答えよ。
・解答の要点:「感謝したい」ではなく、「めったにない」「めったに存在しない」と答えること。
【問2】傍線部「姑に思はるる嫁の君」における「思はるる」の文法的な意味を説明せよ。
・解答の要点:「思ふ」に受身の助動詞「る」がついた形。直訳すると「思われる」だが、文脈上「姑から大切にされる/愛される」というニュアンスであることを明記する。
【問3】「主をそしらぬ従者」が「ありがたきもの」とされるのはなぜか、現代の言葉で簡潔に説明せよ。
・解答の要点:使用人は陰で主人の悪口や不満を言うのが普通であり、主人の悪口を一切言わない従者は現実にはめったにいないから。
【ありがたきもの 現代語訳】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:『枕草子』の「ありがたきもの」は何段に収録されていますか?
A1:一般的な教科書や三巻本系統のテキストでは「第74段(または第75段)」として掲載されます。ただし、伝本(能因本など)の違いによって章段番号が前後する場合があります。
Q2:「ありがたし」の反対語・対義語にあたる古語は何ですか?
A2:代表的な対義語は「ありがち(有り勝ち)」や「世の常(世間にありふれていること)」です。テストで対比として問われることがあるため、セットで覚えておくと便利です。
Q3:清少納言はなぜ毛抜きの話を人間関係と同じ段に入れたのですか?
A3:清少納言の随筆の特徴である「連想の自由さ」によるものです。身の回りの道具の使い勝手から人間の深層心理まで、日常で感じる「思い通りにいかないもどかしさ」という共通テーマで直感的に並べられています。
清少納言が『枕草子』で描き出した「ありがたきもの」は、単なる古文のテスト単元にとどまらず、千年前の平安貴族たちが抱えていた生々しい本音を今に伝える貴重な人間記録です。家族の距離感、職場の人間関係、男女のすれ違いといった普遍的なテーマが、ユーモアと切れ味のある筆致で綴られています。
古語「ありがたし」の本来の意味である「めったにない」という視点を軸に据えることで、品詞分解や助動詞の識別といった文法問題も格段に解きやすくなります。単語の暗記にとどまらず、当時の生活背景や清少納言の鋭い着眼点をイメージしながら、古典読解の得点力アップにつなげてください。