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日本のボウリング発祥の地は長崎!6月22日の由来と世界史の真相

白石 ひなた 白石 ひなた • 更新: • 公開: • 読了約 7 分
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レジャーやスポーツとして世代を超えて親しまれているボウリング。日常的にプレーを楽しむ人でも、日本で最初にボウリング場が開設された場所や、その歴史的背景まで詳しく把握している人は意外と少ないのと考えられます。

実は、日本におけるボウリングのルーツは幕末の長崎にあります。毎年6月22日に制定されている「ボウリングの日」の由来や、長崎の地に建てられた記念碑、さらには古代エジプトまで遡る世界の起源など、知れば誰かに話したくなる奥深いボウリングの歴史を紐解きます。

【真相究明】日本のボウリング発祥の地はなぜ長崎なのか?伝来の歴史的背景

ボウリング発祥の地

日本におけるボウリングの歴史は、江戸幕府が鎖国政策を終焉させ、開国へと舵を切った幕末期に始まります。当時、横浜や神戸と並んで主要な開港地となった長崎には、多くの欧米人が移住し、外国人居留地が形成されました。

居留地で生活する外国人たちの娯楽や社交の場として、1861年(文久元年)に開設されたのが「長崎インターナショナルボウリングサロン」です。これが公的な記録に残る日本初のボウリング場とされています。

鎖国時代から出島を通じて唯一西洋文化を受け入れていた長崎は、海外の最新娯楽が真っ先に持ち込まれる土壌が整っていました。出島での異文化交流の延長線上に、ボウリング文化の伝来があったことは必然の流れでした。

【6月22日「ボウリングの日」の由来】英字新聞の広告から始まった記念日

毎年6月22日は、日本ボウリング場協会が1972年に制定した「ボウリングの日」です。この日付の決定打となったのは、当時の歴史を物語る1枚の英字新聞でした。

幕末の長崎で発行されていた英字新聞『ザ・ナガサキ・ショッピング・アンド・シッピング・リスト』の1861年6月22日号に、長崎インターナショナルボウリングサロンのオープンを告げる広告が掲載されました。この広告が「日本で初めてボウリング場が開設されたことを証明する最古の記録」と認定されたことで、6月22日が記念日として定められたのです。

現在でも毎年6月22日前後には、全国のボウリング場でゲーム代の割引や記念トーナメントなど多彩なキャンペーンが展開されています。

【現地探訪】長崎市大浦町にある「日本ボウリング発祥の地 記念碑」

現在、長崎市大浦町(国宝・大浦天主堂やグラバー園のほど近く)の路傍には、「日本ボウリング発祥の地」と刻まれた記念碑が堂々と建立されています。

石碑の台座には、御影石で作られた2本のボウリングピンと1個のボールが設置されており、訪れる観光客やボウリングファンの記念撮影スポットとなっています。かつてこの場所で、オランダ商人やイギリス人居留民たちがピンを倒して歓声をあげていた様子に思いを馳せることができる貴重な史跡です。

異国情緒あふれる南山手・東山手エリアの散策コースにも組み込まれており、歴史の息吹を肌で感じられる場所として静かな人気を集めています。

【世界の起源】古代エジプトの墓から宗教儀式へ!ピンの起源と歴史

日本のルーツが幕末の長崎である一方、世界規模で見るとボウリングの歴史は遥か古代にまで遡ります。

1930年代、イギリスの考古学者フリンダース・ペトリー卿が紀元前5000年頃の古代エジプトの子供の墓から、木製のボールと数本の石製ピンを発見しました。これが現在確認されている世界最古のボウリングの原型とされています。

中世ドイツに入ると、ボウリングは「ピンを悪魔に見立て、それを倒すことで罪を清める」というキリスト教の宗教儀式(九柱戯)へと進化しました。この時代はピンが9本(ナインピンズ)でしたが、19世紀のアメリカで賭博禁止令が出された際、規制を回避するためにピンを1本増やして「10本(テンピンズ)」にしたことが、現在のボウリングの標準ルールを形作りました。

【日本のボウリング史】外国人専用サロンから昭和の爆発的ブームへ

幕末に長崎へ伝来したボウリングですが、当初は外国人居留民専用の社交場に限られており、日本人が日常的にプレーすることはありませんでした。

一般の日本人がボウリングに親しむようになるのは、戦後の1952年、東京・青山に民間初のボウリング場「東京ボウリングセンター」が開設されてからのことです。1960年代後半から1970年代初頭にかけては、女子プロボウラーの活躍を契機に日本全国で空前のボウリングブームが巻き起こりました。

その後、レジャーの多様化とともにブームは落ち着きを見せたものの、健康志向の高まりやシニア層の生涯スポーツ、若年層のレジャーとして確固たる地位を築き、今なお幅広い世代に愛され続けています。

【ボウリング発祥の地】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:日本初のボウリング場は出島の中にあったのですか?
A1:いいえ、出島そのものではなく、開国後に造成された長崎の外国人居留地(現在の長崎市大浦町周辺)に開設されました。ただし、出島を通じた海外文化の交流が伝来の大きな契機となっています。

Q2:長崎の記念碑は見学するのにお金がかかりますか?
A2:記念碑は公道沿いのオープンスペースに設置されているため、24時間いつでも無料で自由に見学・撮影が可能です。

Q3:なぜピンは10本になったのですか?
A3:19世紀のアメリカで9本のピンを倒す「ナインピンズ」が賭博として禁止された際、法律の抜け穴としてピンを1本追加して三角形に並べる「テンピンズ」が考案され、それが世界基準となりました。

古代エジプトの墓から中世ヨーロッパの宗教儀式、そして幕末の長崎へと渡ったボウリングの歴史。普段何気なく投球している1ゲームの裏には、国境と数千年の時を超えた壮大なドラマが隠されています。

長崎を訪れる機会があれば、ぜひ大浦町の記念碑に立ち寄り、幕末の居留地で生まれた歴史のロマンに触れてみてください。次回のボウリングがより一層味わい深いものになるはずです。

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トレンドリサーチャー 白石 ひなた
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芸能・エンタメ取材7年。一次情報は事務所の公式リリースと本人の公式SNSに限定し、報道だけの情報は複数媒体の一致を確認してから扱います。

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