ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 五箇条の御誓文の内容と現代語訳をわかりやすく解説!出された目的や背景とは

五箇条の御誓文の内容と現代語訳をわかりやすく解説!出された目的や背景とは

夏目 恋 夏目 恋 • 更新: • 公開: • 読了約 10 分
目次

日本が近代国家へと大きく舵を切った1868年、明治新政府の国家運営におけるグランドデザインとして発布されたのが「五箇条の御誓文」です。歴史の授業で誰もが一度は耳にする重要文書ですが、具体的にどのような内容が定められ、なぜあの緊迫したタイミングで出される必要があったのか、その全体像を正確に把握できている人は決して多くありません。

激動の幕末から明治維新へと至る過渡期において、若き明治天皇が神々に誓うという異例の儀式を通じて示された5つの約束事。本稿では、原文の全文とわかりやすい現代語訳を対照しながら、起草に関わったキーパーソンたちの思惑、民衆向けの「五榜の掲示」との決定的な違いまで、歴史の深層を徹底的に解き明かします。

【全文と現代語訳】五箇条の御誓文の内容をわかりやすく読み解く

五箇条の御誓文内容

1868年4月6日(慶応4年3月14日)、京都御所の紫宸殿において、明治天皇が天地の神々に誓う形式で「五箇条の御誓文」が宣布されました。わずか5つの箇条の中に、封建社会を脱却して近代国家を目指すための決定的な原則が凝縮されています。

まずは、後世の日本社会に多大な影響を与えた条文の全文と現代語訳を順に確認していきます。

【第一条】
原文:一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ
現代語訳:広く会議を開き、すべての政治的な決定は世論・公平な議論によって決めるべきである。
解説:「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ」という一文は、御誓文の中でも最も知名度の高いフレーズです。薩長勢力による独裁を懸念する他藩の警戒を解くため、公論に基づいた政治体制を敷くことを明確に宣言しました。この理念はのちの自由民権運動や帝国議会開設の理論的支柱となっていきます。

【第二条】
原文:一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フベシ
現代語訳:身分の高い者も低い者も心を一つにして、国家の政策や経済活動を積極的に推し進めるべきである。
解説:「経綸(けいりん)」とは国家の統治や経済の秩序を整えることを意味します。従来の強固な身分制度に縛られず、全階層が協力して国づくりに参画する重要性を説きました。

【第三条】
原文:一、官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ゲ人心ヲシテ倦マザラシメンコトヲ要ス
現代語訳:公家や武士から一般庶民に至るまで、それぞれが自らの希望や志を達成できるようにし、人々の不満や意欲低下を防ぐことが不可欠である。
解説:生まれや家柄で将来が決まる社会構造を改め、個人の主体性や挑戦を認める方針を打ち出しています。

【第四条】
原文:一、旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クベシ
現代語訳:これまでの不合理なしきたりや因習を捨て去り、普遍的で道理にかなった国際的な正義に基づくべきである。
解説:「旧来の陋習(ろうしゅう)」とは、幕藩体制下での閉鎖的な慣行や排外的な思想を指します。国際社会の一員として、世界標準のルールに沿って国を運営する決意が示されました。

【第五条】
原文:一、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スベシ
現代語訳:広く世界から進んだ知識や技術を取り入れ、天皇を中心とする国家の基盤を大いに盛り立てるべきである。
解説:それまでの攘夷(外国排除)路線から完全な開国・富国強兵へと舵を切り、西洋文明を積極的に導入する姿勢を鮮明にしました。

五箇条の御誓文が出された本当の理由とは?目的と歴史的背景を紐解く

新政府がなぜこのタイミングで御誓文を出さなければならなかったのか。その背景には、内外に抱えていた極めて深刻な危機がありました。

当時、鳥羽・伏見の戦いを皮切りに戊辰戦争が勃発しており、新政府軍と旧幕府軍の戦いはまだ決着がついていませんでした。新政府の中心は薩摩藩と長州藩でしたが、全国の諸藩は「結局、薩長が幕府に代わって権力を独占するのではないか」と強い不信感を抱いていました。諸藩の離反を防ぎ、味方に引き入れるためには、「開かれた政治を行う」という大義名分を掲げて国内を一致団結させる必要があったのです。

さらに外政面では、欧米列強へのアピールという切実な目的が存在しました。当時の日本国内には依然として排外的な攘夷論が根強く残っていましたが、列強と対等な外交関係を結ぶには、開国と近代化の方針を国際社会へ明確に宣言することが不可欠でした。国内外の動揺を鎮め、国家の進路を一つに束ねるために打ち出された政治的メッセージ、それが五箇条の御誓文です。

起草の経緯とキーパーソン|由利公正・福岡孝弟・木戸孝允の推敲プロセス

五箇条の御誓文は、一人の手によって突如として書かれたものではありません。福井藩出身の由利公正(三岡八郎)、土佐藩出身の福岡孝弟、そして長州藩の指導者である木戸孝允の3名による推敲を経て完成しました。

最初の原案を作成した由利公正は、福井藩の財政再建で実績を上げた実務派でした。由利が起草した「議事之体大意(ぎじのていだいい)」は、経済活動の自由や合議制を重視した実践的な5箇条でした。

続いて土佐藩の福岡孝弟がこれに手を加え「加除意見」をまとめました。福岡は冒頭を「列藩会議を興し」とするなど、諸侯(大名)による合議の側面を強調し、封建制の名残を色濃く残す表現に修正しました。

この修正案を大きく進化させたのが木戸孝允です。木戸は「列藩会議」という限定的な表現を「広く会議を興し」へと改め、大名だけでなくより広い人材登用と世論の結集を促す文脈へと昇華させました。加えて、天皇が臣下に対して命令を下す「下諭(かゆ)」の形式ではなく、天皇が神前で誓いを立て、公卿や諸侯がこれに従う「誓約」の儀式とすることを提案したのです。木戸の卓越した政治感覚によって、特定藩の利害を超えた普遍的な憲政の原点が誕生しました。

「五榜の掲示」との決定的な違い|対象と統治方針の二面性を比較

歴史学習において御誓文とセットで登場するのが、御誓文宣布の翌日に出された「五榜の掲示(ごぼうのけいじ)」です。両者は同時期に出されたにもかかわらず、その思想と対象は対照的でした。

五箇条の御誓文が「天皇・公家・諸侯・知識人層」に向けた近代的な国家方針であったのに対し、五榜の掲示は「一般庶民」に向けた統制のための高札でした。その内容は、儒教道徳の遵守(五倫の道)、徒党や強訴の禁止、キリスト教(邪宗門)の厳禁、外国人への暴行禁止など、江戸幕府の旧来の民衆統制をほぼそのまま引き継いだものでした。

明治新政府は、上層部向けには民主的で進歩的な近代化を掲げつつも、足元の民衆に対しては急激な社会不安や反乱を防ぐために厳格な秩序維持を図るという「二面性」を持ってスタートしたことが分かります。なお、五榜の掲示に掲げられたキリスト教禁止などは欧米諸国から強い反発を受け、数年後の1873年には撤廃されることとなりました。

テストや学び直しに役立つ!五箇条の御誓文の簡単な覚え方と語呂合わせ

受験対策や教養の学び直しとして、五箇条の御誓文の基本データを整理して覚えるためのポイントを紹介します。

【年代の語呂合わせ】
発布年は1868年です。
語呂合わせ:「人(1)は(8)群乱(68)の御誓文」または「いや(18)む(6)や(8)に誓う御誓文」と覚えるとスムーズです。

【各条文のキーワード連想】
五箇条の御誓文の要点は、以下のキーワードで頭を整理しておくと記憶に定着しやすくなります。

  • 一:公論・会議(広く会議を開く)
  • 二:団結・一致(身分を問わず心を一つに)
  • 三:個人の志(それぞれが希望を叶える)
  • 四:旧習打破(悪習を捨て国際常識へ)
  • 五:世界・知識(海外から知識を導入)

【五箇条の御誓文の内容】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:五箇条の御誓文と大日本帝国憲法の関係性は?
A1:五箇条の御誓文は憲法そのものではありませんが、日本の近代立憲主義の土台となった基本方針です。明治天皇が発布した大日本帝国憲法(1889年)の前文にも、御誓文の精神を継承・発展させる旨が明記されており、日本の国政の最高指導理念として位置づけられ続けました。

Q2:なぜ「神前で誓う」という形式がとられたのですか?
A2:天皇が臣下に対して一方的に命令する形式をとると、諸藩の反発を招く恐れがありました。そこで木戸孝允らの発案により、天皇自らが神々に誓いを立て、諸侯もその誓いに連署・賛同する形をとることで、権力の集中と挙国一致体制を同時に成立させる狙いがありました。

Q3:第一条の「会議」とは国会のことですか?
A3:発布当初に想定されていたのは、大名や各藩の代表者による合議体(のちの公議所や集議院など)でした。当時はまだ近代的な議会制度は存在していませんでしたが、この理念がのちの自由民権運動において「国会を開設せよ」という要求の強力な根拠として活用されました。

五箇条の御誓文は、単なる幕末・明治の歴史的史料にとどまりません。封建制の旧弊を打破し、広く意見を募りながら国際社会と調和して進んでいくというその姿勢は、混迷を極めた時代を切り拓くための強力な羅針盤でした。

由利公正、福岡孝弟、木戸孝允らがそれぞれの立場で知恵を絞り、激動の中で生み出したこの5つの原則。その背景にある政治的意図や「五榜の掲示」との二面性をあわせて理解することで、明治という時代が切り拓いた近代日本の光と影がより鮮明に見えてきます。

同じカテゴリの記事

夏目 恋

リーグ公式記録とクラブ発表を出典とし、選手の発言は会見の逐語録に基づいて引用します。確認できない噂は扱いません。

おすすめの関連記事