イギリスの花と聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは優雅に咲き誇るバラ可能性があります。しかし、正式名称を「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」というこの国には、地域ごとに誇りを持って受け継がれてきた4つの異なる国花が存在します。
なぜイギリスには複数の国花があるのか、そして英国王室の紋章に隠された植物たちのルーツとは何なのか。イングリッシュガーデンを彩る四季の草花とともに、歴史のドラマとボタニカルな魅力を紐解いていきます。
【王室紋章の真相】なぜイギリスには「4つの国花」が存在するのか
イギリスに国花が4つ存在する最大の理由は、同国がイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという4つのカントリー(国)から成る連合王国だからです。単一の象徴を押し付けるのではなく、各地域が歩んできた独自の歴史、神話、信仰に根ざした植物が今日まで大切に継承されています。
この多様性と統合の歴史を象徴的に示しているのが、イギリス王室の紋章です。歴代君主の紋章や2ポンド硬貨、公式行事のレガリア(王権を象徴する品々)をよく観察すると、それぞれの地域の花が巧みに組み合わされてデザインされていることがわかります。植物は単なる装飾ではなく、国家統合と歴史的和解の証として機能してきました。
【イングランド】優美なイングリッシュローズと「チューダーローズ」の激動史
イングランドの象徴であるバラは、15世紀の内乱「ばら戦争」に由来します。ランカスター家の「赤バラ」とヨーク家の「白バラ」が王位を巡って争った後、両家を結んだヘンリー7世がチューダー朝を開拓。赤と白の花びらを重ね合わせた「チューダーローズ」を王家の紋章に制定しました。これが現在まで続くイングランド国花の原点です。
現代の園芸界では、オールドローズの繊細な花形と豊かな香り、モダンローズの四季咲き性を掛け合わせたイングリッシュローズが圧倒的な人気を博しています。育種家デビッド・オースチンが生み出した数々の品種は、世界中の愛好家を魅了し続けています。
【スコットランド・ウェールズ・北アイルランド】誇り高き3地域のシンボル
イングランド以外の3地域にも、極めて個性的で力強いストーリーを持つ国花が根付いています。
■ スコットランド:アザミ(Thistle)
鋭いトゲを持つアザミは、13世紀にスコットランドへ夜襲を仕掛けたノルウェー軍の兵士がアザミを踏んで悲鳴をあげ、城の守備隊が敵の襲来に気づいて国を救ったという伝説に由来します。「誰も私を傷つけずに立ち去ることはできない」というスコットランドの誇りを象徴する花です。
■ ウェールズ:ラッパズイセン(Daffodil)とリーキ(西洋ネギ)
春に明るい黄色の花を咲かせるラッパズイセンは、3月1日の守護聖人「聖デイヴィッドの日」に胸に飾る習慣があります。古くは戦場で敵味方を識別するために兜に刺したとされる野菜「リーキ」も同等の国花・国章として扱われています。
■ 北アイルランド:シャムロック(Shamrock)
三つ葉のクローバーに似たシャムロック(コメツブツメクサやカタバミ類の総称)は、アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックが「三位一体」の教えを説明する際に用いた植物として知られています。3月17日の「セント・パトリックス・デー」には国中が緑色とシャムロックで埋め尽くされます。
【イギリスの四季と代表的な花一覧】春を告げるスノードロップからブルーベルまで
イギリスでは季節の移り変わりが植物の開花と密接に結びついています。現地を訪れる際や庭づくりで参考にしたい代表的な花々の年間スケジュールをまとめました。
【冬〜早春(1月〜3月):厳寒期に咲く希望の光】
雪を押し分けて純白の花を咲かせるスノードロップの開花時期は1月下旬から3月上旬です。英国人にとって「冬の終わりと春の胎動」を告げる神聖な存在であり、各地のカントリーハウスでスノードロップ鑑賞イベントが開かれます。
【春(4月〜5月):森一面の青い絨毯】
イギリスの春のハイライトといえば、古代の森林に自生するイングリッシュ・ブルーベルです。4月中旬から5月にかけて woodland(森林地帯)が一面鮮やかなバイオレットブルーに染まる光景は、息をのむ美しさを誇ります。
【初夏〜夏(6月〜8月):イングリッシュガーデンの最盛期】
バラが一斉に咲き誇る6月を皮切りに、ラベンダー、ジギタリス(フォックスグローブ)、デルフィニウムが立体的な美しさを演出します。
【秋(9月〜11月):スコットランドの丘を染めるヒース】
スコットランドのハイランド地方では、ヘザー(ヒース)の紫色の小花が荒野一面を覆い、独特の情緒ある景観を生み出します。
イングリッシュガーデンで圧倒的人気を誇る定番の植物たち
自然の景観を模し、植物のあるがままの姿を活かす「イングリッシュ・コテージガーデン」では、高低差と色彩の調和が重視されます。
ボーダー花壇の後景には背丈の高いジギタリスやデルフィニウムを配置し、中景にはイングリッシュローズや宿根サルビア、手前の前景にはゲラニウム(フウロソウ)やアルケミラ・モリスを茂らせる手法が王道です。人工的な左右対称を避け、多年草が毎年自然に芽吹く持続可能なガーデニングスタイルは、英国の豊かな園芸文化の真髄といえます。
【イギリスの花】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:イギリス全体の公式な国花はひとつに決まっていないのですか?
A1:国家全体としての単一の国花は定められておらず、イングランドのバラ、スコットランドのアザミ、ウェールズのラッパズイセン、北アイルランドのシャムロックの4つが並列して公式の植物シンボルとして機能しています。
Q2:ブルーベルの群生地を見るおすすめの時期と場所は?
A2:4月下旬から5月上旬がベストシーズンです。ロンドン近郊の「キューガーデン」や「オステリー・パーク」、コッツウォルズ地方の森林地帯などで圧巻の群生が見られます。なお、自生のイングリッシュ・ブルーベルは法律で球根の採取が厳しく禁止されています。
Q3:イングリッシュローズと一般的なバラの違いは何ですか?
A3:英国の育種家デビッド・オースチンが開発したブランド群を指します。昔ながらの繊細なカップ咲きやロゼット咲き、深い芳香を持ちながら、現代バラの強健さと四季咲き性を兼ね備えている点が世界中で高く評価されています。
イギリスの花々には、地域の誇りをかけた歴史的背景と、自然を愛し共生してきた人々の暮らしの知恵が息づいています。バラの華やかさだけでなく、アザミの力強さやスノードロップの慎ましさなど、それぞれの背景にある文脈を理解することで、英国の歴史や文化への解像度がぐっと高まるはずです。