ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 昔の歯ブラシは何で作られていた?江戸の房楊枝から昭和レトロまで解剖

昔の歯ブラシは何で作られていた?江戸の房楊枝から昭和レトロまで解剖

白石 ひなた 白石 ひなた • 更新: • 公開: • 読了約 7 分
目次

私たちが毎日のように口にするプラスチック製のナイロン歯ブラシ。しかし、プラスチックが普及する以前、人々は一体どのような道具で口内を清潔に保っていたのでしょうか。日本のオーラルケアの歩みを紐解くと、そこには自然素材を巧みに活用した先人たちの驚くべき知恵と技術の変遷が隠されています。

江戸時代の庶民に親しまれた木製の手入れ具から、明治期に生まれた日本最初の歯ブラシ、そして昭和レトロな豚毛製品に至るまで、知られざる道具の歴史と当時の生活文化を深く掘り下げていきます。

【驚きの素材】昔の歯ブラシは何で作られていた?木製からクジラの髭まで

昔の歯ブラシ

現代でこそナイロン毛と樹脂製グリップが標準ですが、昔の歯ブラシは多種多様な天然素材で作られていました。世界的に見ても初期の毛ブラシには豚や馬の硬い毛が用いられ、柄の部分には動物の骨や木が使われるのが一般的でした。

日本国内における木製歯ブラシの歴史を遡ると、柄に天然木や牛骨、さらにはクジラの髭(ひげ)を加工した高級品まで登場しています。クジラの髭は柔軟性と弾力性に優れており、水に濡れても折れにくい特性から、明治から大正期にかけて極めて上質な柄の素材として重宝されました。

また、ブラシ部分には豚毛や馬毛が植え込まれていました。天然の豚毛は適度なコシがありながら歯茎を傷つけにくく、毛先が摩耗しても鋭利になりにくい特徴を持っています。現在でも高級オーラルケア用品として豚毛ブラシが愛用されている背景には、こうした昔ながらの素材の良さがあります。

【江戸時代のオーラルケア】庶民の必需品「房楊枝」と塩を使った歯磨き文化

日本人が本格的に歯を磨く習慣を持ったのはいつ頃なのでしょうか。その原点とも言えるのが、江戸時代に爆発的に普及した「房楊枝(ふさようじ)」です。これは柳やクロモジなどの木の一端を煮て柔らかくし、木槌で叩いて繊維をブラシ状にほぐした使い捨ての道具でした。

江戸の町には房楊枝を専門に売る「楊枝屋」が立ち並び、看板娘を目当てに多くの客が訪れるなど、当時のカルチャーとしても定着していました。人々は朝起きると房楊枝の房側で歯の表面を擦り、反対側の尖った先端で歯間を掃除するという、極めて合理的な手入れを行っていたのです。

当時の歯磨き粉事情も見逃せません。江戸期の昔のオーラルケアでは、細かく砕いた房州砂(研磨剤)に漢方薬や香料を調合した「歯磨き砂」が販売されていましたが、一般家庭で広く使われていたのは塩でした。塩で歯茎を引き締めながら房楊枝で磨くスタイルは、清潔を尊ぶ庶民の朝のルーティンとして定着していました。

【歯ブラシはいつから日本へ?】幕末の伝来から日本最古の歯ブラシ誕生の瞬間

現代のような植毛スタイルの歯ブラシがいつから日本に入ってきたのかについては、幕末の開国が大きな契機となっています。1859年、フランスの使節団や外国人居留地を通じて西洋式の歯ブラシが持ち込まれ、当時の人々はその形状から「鯨楊枝」や「西洋楊枝」と呼んでいました。

そして1872年(明治5年)、大阪の歯科医である鯨井(くじらい)氏らが中心となり、国産第一号となる日本最古の歯ブラシが作られました。柄には牛骨を削り出したものが使われ、そこに職人が一束ずつ豚毛を手作業で植え込むという非常に手の込んだ製法でした。

この時代の製品は庶民の手が簡単に届く価格ではなく、主に上流階級や外国人を対象とした高級日用品としてのスタートでした。しかし、これ以降、日本の職人技術と西洋の衛生概念が融合し、独自の歯ブラシ産業が形成されていくことになります。

【近代化と大正・昭和レトロ】ライオンが牽引した家庭への普及と豚毛ブラシの進化

歯ブラシが全国の一般家庭へと爆発的に広まった背景には、大正から昭和初期にかけてのメーカーの技術革新がありました。とりわけライオンの歯ブラシの歴史は、日本のオーラルケア普及史そのものと言えます。

1914年(大正3年)、小林富次郎商店(現・ライオン)が国産初の本格的な量産歯ブラシ「万歳歯磨」を発売。その後、セルロイド製ハンドルの登場によって大量生産が可能になり、昭和レトロな歯ブラシの代名詞とも言えるカラフルな透明軸の製品が店頭を彩るようになりました。

1930年代以降には、合成繊維ナイロンの発明によって毛先の耐久性が劇的に向上。それまで主流だった昔の豚毛歯ブラシからナイロン製への移行が進み、衛生的かつ安価で誰もが手に入れられる生活必需品としての地位を確立していきました。

【現代に通じる知恵】昔から続く「使い終わった歯ブラシの再利用・掃除術」

毛先が開いて役目を終えた歯ブラシを、そのまま捨てずに掃除用具として活用する習慣は、昔から日本の家庭に根付いている庶民の生活美徳です。

細かい隙間に届くブラシの形状は、排水口のぬめり取りやタイルの目地掃除、サッシのレール部分の埃落としに最適です。熱湯で柄を少し曲げて使いやすく加工する工夫など、昔の歯ブラシの再利用による掃除テクニックは、道具を最後まで大切に使い切る日本人の「もったいない」精神の象徴として今も受け継がれています。

【昔の歯ブラシ】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:江戸時代の「房楊枝」はどのくらいの頻度で取り替えていたのですか?
A1:木を叩いて繊維状にした房楊枝は毛先がすぐに傷むため、基本的には1回から数回の使用で使い捨てる消耗品でした。当時の長屋暮らしでも手軽に買える安価な日用品として流通していました。

Q2:昔の人は本当に塩だけで歯を磨いていたのですか?
A2:塩単体だけでなく、塩に焼いた貝殻の粉や研磨剤となる細かな砂、ハッカなどの香料を混ぜた手作りの歯磨き粉も広く使われていました。塩には殺菌作用や歯茎を引き締める効果が期待されていました。

Q3:豚毛や馬毛の歯ブラシは、現在のナイロン製と比べて何が違うのですか?
A3:天然毛はナイロンに比べて水分を吸収するため毛先が柔らかくしなり、歯のエナメル質や歯茎を傷めにくい利点があります。一方で、乾きにくく雑菌が繁殖しやすいため、管理にはしっかりとした乾燥が必要という側面もあります。

木の枝を加工して作られた江戸の房楊枝から、骨やクジラの髭を削り出した明治の逸品、そして昭和のセルロイド製ハンドルへと、日本の歯ブラシは時代ごとの素材と技術の進歩に合わせて姿を変えてきました。

かつて先人たちが塩と木製楊枝で口内の健康を守ろうとした工夫は、現代の予防歯科や機能性オーラルケアの基盤となっています。洗面台に並ぶ1本の歯ブラシの歴史を知ることで、日々のオーラルケアへの見方が少し深まるはずです。

同じカテゴリの記事

白石 ひなた
トレンドリサーチャー 白石 ひなた
プロフィールを見る →

芸能・エンタメ取材7年。一次情報は事務所の公式リリースと本人の公式SNSに限定し、報道だけの情報は複数媒体の一致を確認してから扱います。

おすすめの関連記事