社員が独断で行った贈収賄や労働基準法違反、営業秘密の不正取得によって、実行犯だけでなく「会社組織そのもの」が刑事罰を受け、前科がついてしまうケースが後を絶ちません。「現場が勝手にやったこと」という言い訳は法廷で通用するのか、経営陣や法務担当者が頭を抱える最大の論点が両罰規定(りょうばつきてい)です。
法令違反が発生した際、行為者個人のみならず法人に対しても重い罰金刑を科すこの制度は、企業の社会的信用を根底から揺るがすインパクトを持ちます。本稿では、企業が処罰を免れるための免責要件の現実から、主要法令ごとの罰則の違い、最新の判例傾向まで、実務に直結する知識を整理してお届けします。
【基礎から学ぶ】両罰規定とは?従業員の犯罪で会社が処罰される仕組み
刑事責任の原則は「行為者責任(罪を犯した本人だけを罰する)」にあります。しかし、企業の業務として行われる経済犯罪や労務違反は、個人の利益のためだけでなく、会社の利益拡大や組織的なノルマ達成のプレッシャーを背景に引き起こされることが大半です。
そこで各種の取締法規に設けられているのが両罰規定です。業務に関して従業員や役員が法令違反に及んだ際、行為者を罰するだけでなく、その事業主体である法人に対しても罰金刑を科す旨が明記されています。会社に刑罰が科されるということは、法人としての「前科」が記録され、官公庁の入札停止や許認可の取消といった致命的なペナルティに直結することを意味します。
【免責の決定打】会社が処罰を免れる「免責要件」と過失推定のハードル
両罰規定が定められている法律の多くには、「法人の代表者や従業員が違反行為をしたときは法人にも罰金を科す。ただし、法人が違反行為を防止するために相当の注意および監督を尽くしたときはこの限りでない」といった免責規定(但し書)が置かれています。
一見すると「きちんと注意していれば無罪になる」ように読めますが、裁判実務の現実は甘くありません。最高裁の判例上、従業員が違法行為に及んだ時点で「会社側に選任・監督上の過失があった」と事実上推定される(過失推定)ため、無罪を勝ち取るには会社側が「過失がなかったこと」を客観的証拠で証明しなければなりません。
単に「コンプライアンス規程を作って配っていた」「入社時に誓約書を取っていた」という程度では、選任監督義務を果たしたとは認められません。業務プロセスの監査、具体的な教育訓練の実施、不正を発見・是正できる内部通報制度の稼働など、実効性のある防止策を講じていたかどうかが厳しく追及されます。
【民事と刑事の決定的な違い】使用者責任と両罰規定を詳細比較
企業が負う法的責任として「使用者責任(民法715条)」と「両罰規定」は混同されがちですが、その性質は根本から異なります。
使用者責任は民事上の損害賠償責任であり、被害者に対する金銭的補償を目的とします。一方、両罰規定は刑事上の処罰であり、国が企業に対して罰金刑を科す手続きです。両者は並行して問われることが多く、従業員の重大な不祥事が発生した場合、企業は「被害者への多額の賠償金支払い」と「刑事罰による前科・社会的信用の失墜」の双方に直面します。
両罰規定はビジネスに関わる多岐にわたる法律に組み込まれていますが、違反時のペナルティの重さは法分野によって大きく異なります。
労働基準法(第121条)では、違法な長時間労働や残業代未払いなどについて、行為者(店長や労務担当役員)とともに会社へ罰金刑が科されます。労基法違反で法人が送検されると、厚生労働省による企業名公表のリスクが生じます。
さらに警戒すべきは、経済法分野における法人重科(ほうじんじゅうか)です。個人の資力に合わせた罰金額では大企業への抑止力にならないため、法人に対しては桁違いの罰金上限が設定されています。
不正競争防止法では、他社の営業秘密を不正取得・使用した場合、個人への罰金上限が2,000万円であるのに対し、法人には最大10億円の罰金が科されます。また独占禁止法のカルテル・入札談合に関しても、法人に対して最大5億円の罰金刑が規定されているほか、莫大な課徴金納付命令が別途下されます。
【裁判例に学ぶ実務】選任監督義務の違反が認められた判例の動向
実際の裁判において、企業が免責を主張して認められた例は極めて稀です。過去の著名な最高裁判例(昭和40年3月26日判決など)以来、司法は「業務執行の全過程において、違反行為を防止するための相当な配慮が払われていたか」を一貫して厳格に審査しています。
近年取り沙汰されるコンプライアンス不祥事の経緯を見ても、営業ノルマが著しく過酷で違法行為を誘発しやすい職場環境を放置していた場合や、過去に類似の兆候を把握していながら是正措置を怠っていたケースでは、例外なく選任監督義務違反が認定されています。現場への丸投げや形式的な研修のみを行っていた企業は、法廷で過失推定を覆すことができません。
【2026年最新対策】コンプライアンス不祥事を防ぎ会社を守る具体策
従業員の単独暴走による刑事訴追から組織を守るには、有事の際に「組織として過失がなかった」と司法当局に立証できる体制を平時から構築しておく必要があります。
第一に求められるのは、定期的なリスク評価とログの監査体制です。特に営業秘密の管理や取引先との連絡記録など、不正が起きやすい領域でのアクセス監視を常態化させます。第二に、形骸化しがちな社内研修を具体的なケーススタディ中心の対面・双方向型へ刷新し、受講履歴と理解度テストの結果を記録として保管することです。そして第三に、不正の兆候を早期に吸い上げる実効的な内部通報窓口の運用実績を積み重ねることが、企業防衛の最大の盾となります。
【両罰規定】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:従業員が会社に隠れて勝手にやった犯罪でも、会社は処罰されますか?
A1:はい、処罰される可能性があります。その行為が会社の「業務に関して」行われたものであれば、本人が独断で行った場合でも会社に選任監督上の過失があったと推定され、両罰規定が適用されます。
Q2:会社が両罰規定で罰金刑を受けた場合、どのようなデメリットがありますか?
A2:法人に前科がつくため、社会的信用の失墜はもちろん、官公庁の公共事業における指名停止処分、各種営業許可の取消・停止、上場企業であれば株価の急落や取引先からの取引停止措置など、事業継続に甚大な損害が生じます。
Q3:従業員が退職してしまった後でも、会社だけが処罰されることはありますか?
A3:あります。違反行為があった当時に雇用関係にあり、業務の一環として行われた犯罪であれば、実行犯が退職・死亡した場合であっても法人の刑事責任は消滅せず、会社単独で起訴・処罰されるケースが存在します。
両罰規定は、企業の「知らなかった」「現場の勝手な判断」という釈明を一切許さない峻厳な法制度です。万が一の事態が起きたとき、会社を守れるかどうかは、日頃のコンプライアンス活動が実質を伴ったものとして機能していたかどうかにかかっています。
規程の棚卸しやモニタリング体制の強化を先送りせず、平時のガバナンスを徹底することが、従業員の不祥事による共倒れを防ぐ唯一の防波堤となります。