日本人の道徳観や組織論を語るうえで、教科書やビジネス書で必ず目にする名句「和を以て貴しとなす」。聖徳太子の残した言葉としてあまりにも有名ですが、ふと声に出して読もうとした際、「わをもって“とうとし”となす」なのか「“たっとし”となす」なのか、どちらが正しい発音なのか迷った経験はないでしょうか。
実は、この言葉には読み方の違いだけでなく、ルーツとなった中国古典との意外な関係や、単なる「仲良しグループの推奨」とは真逆の深い哲学が隠されています。本稿では、国語辞典や歴史的典拠に基づいた正しい読み方の真相から、十七条憲法に記された全文の現代語訳、日常やビジネスで即座に役立つ実践的な使い方まで、詳しく解き明かしていきます。
【読み方の真相】「とうとし」「たっとし」どちらが正解?送り仮名の違いを解明
結論から述べると、「和を以て貴しとなす」の読み方は「わをもってとうとしとなす」と「わをもってたっとしとなす」のどちらを用いても間違いではありません。現代の主要な国語辞典や漢和辞典においても、両方の読みが見出しとして併記されています。
日本語の歴史的な変遷を紐解くと、もともと「たっとし」という古語が存在し、それが音変化(ウ音便化)して「とうとし」という発音が生まれました。そのため、古典の原文に近い格調高さを重んじる場面では「たっとし」、現代の口語や教育現場で広く一般的に使われる読みとしては「とうとし」が選ばれる傾向にあります。
表記バリエーションとして「和を以て貴しと為す」と書かれるケースもありますが、意味や読み方はまったく同一です。どちらの読みを採用しても教養として間違いではないため、自身が発声しやすい方を選んで差し支えありません。
【言葉の由来】聖徳太子の「十七条憲法」と中国古典「論語」の深い繋がり
「和を以て貴しとなす」の原典といえば、推古天皇12年(西暦604年)に聖徳太子(厩戸皇子)が制定したとされる『十七条憲法(憲法十七条)』が真っ先に思い浮かびます。しかし、この言葉の根本的なルーツをさらに遡ると、中国の春秋時代に儒教の開祖・孔子の教えをまとめた『論語』学而篇に行き当たります。
『論語』には「礼の用は和を貴しと為す(礼の運用においては、調和がもっとも貴い)」という記述が存在します。聖徳太子はこの儒教の根幹思想をベースに取り入れながら、仏教の精神や当時の日本の豪族政治を融和させる独自の理念として、十七条憲法の第一条冒頭に据えました。
当時、蘇我氏と物部氏の権力争いなど血生臭い派閥抗争に揺れていた日本において、国家運営に携わる官僚たちの倫理規範として「和の精神」を明文化した歴史的背景があります。
【十七条憲法 第一条 全文】漢文・書き下し文・現代語訳で読む名文
この名句の神髄に触れるためには、冒頭の一文だけでなく、第一条全体の文脈を捉える必要があります。漢文の原文、書き下し文、そして分かりやすい現代語訳を整理しました。
【漢文】
一曰、以和爲貴、無忤爲宗。人皆有黨。亦少達者。是以或不順己父君。乍違于隣里。然上和下睦、諧於論事、則事理自通。何事不成。
【書き下し文】
一に曰く、和を以て貴しと為し、忤(さから)ふこと無きを宗とせよ。人皆党(たけき)有り、亦達(さと)れる者少し。是を以て、或は父君に順はず、乍(たちま)ち隣里に違ふ。然れども、上和(やわら)ぎ下睦(むつ)びて、事を論ずるに諧(かな)ふときは、則ち事理自づから通ず。何事か成らざらん。
【現代語訳】
第一条:和を何よりも尊いものとし、道理に逆らわないことを根本としなさい。人は誰しも徒党を組みたがり、真の道理を深く理解している者は少ない。そのため、親や主君に従わなかったり、近隣の人々と争いを起こしたりする。しかし、上の者も下の者も穏やかに心を通わせ、徹底的に議論を尽くして物事を決定するならば、自ずと道理にかない、成し遂げられないことなど何一つない。
「ただ仲良くする」ではない?聖徳太子が込めた本当の意味と続きの教訓
現代において「和を以て貴しとなす」という言葉は、「波風を立てず、みんなで仲良くしましょう」「同調圧力を重んじましょう」というニュアンスで誤解されがちです。しかし、第一条の続きの文章を読めば明らかなように、聖徳太子の真意はまったく異なります。
条文の核心は「事を論ずるに諧ふ(ことの論ずるにかなふ)」というフレーズにあります。つまり、立場や派閥を超えて「徹底的に議論を戦わせ、納得のいく合意形成を図ること」こそが、太子が説いた「和」の真骨頂です。
意見を言わずに空気を読んで妥協する「事なかれ主義」ではなく、異なる考えを持つ者同士が敬意を持って対話し、より高次な解決策を導き出すプロセスそのものを「貴い」と位置づけています。
ビジネスや日常で活きる「和を以て貴しとなす」の使い方と実践例文
現代のビジネスシーンや組織マネジメントにおいて、この言葉は「チームビルディング」や「心理的安全性の確保」を説く座右の銘として非常に強力に機能します。具体的な使用例を紹介します。
【ビジネススピーチでの例文】
「新規事業の立ち上げにおいては、部署間の利害が衝突することもあるでしょう。しかし、和を以て貴しとなすの精神に立ち返り、全員が本音で議論を交わしながら最適なゴールを目指していきましょう。」
【組織方針・訓示での例文】
「我が社の行動指針は、まさに和を以て貴しとなすです。単なる妥協ではなく、多様な価値観を認め合い、対話を通じて強固な信頼関係を築くことを最優先としています。」
ビジネスの文脈で用いる際は、「馴れ合いを避けて建設的な対話を重視する姿勢」を強調することで、言葉の持つ本来の深みが格段に引き立ちます。
【和 を以て 貴 し と なす 読み方】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「貴し」を「とうとし」「たっとし」と読む以外の珍しい読み方はありますか?
A1:古語として「たかし」や「あがめ」と読む用例も漢籍の研究上存在しますが、現代の日本語運用としては「とうとし」「たっとし」の2種類が完全な標準形として定着しています。
Q2:座右の銘やスローガンにする場合、どちらの漢字表記が望ましいですか?
A2:一般的には「和を以て貴しとなす」が多く用いられますが、漢文の書き下しを重視する場では「和を以て貴しと為す」と表記されることもあります。どちらを用いても意味に差異はありません。
Q3:十七条憲法の中で、この言葉に並んで有名な条文はありますか?
A3:第二条の「篤く三宝を敬へ(仏・法・僧の仏教の根本を敬うこと)」や、第十条の「忿(いかり)を絶ち、瞋(いかり)を棄て、人の違うを怒らざれ(自分と意見が異なるからといって怒ってはならない)」などが、現代のリーダーシップ論でも頻繁に引用されます。
「和を以て貴しとなす」という言葉は、読み方ひとつを取っても「とうとし」「たっとし」という言葉の重なりがあり、その背景には千数百年にわたる東洋思想と日本の歴史が凝縮されています。
価値観が細分化し、SNSや組織内で意見の対立が先鋭化しやすい現代だからこそ、単なる同調に逃げるのではなく、対話を通じて本物の調和を作り出す太子のメッセージは色褪せない価値を持っています。正しい教養として読み方と真意を心に留め、日常のコミュニケーションや組織運営に活かしてみてはいかがでしょうか。