1997年の鮮烈なデビュー以来、日本のダンス&ボーカルグループの先駆けとして音楽シーンの歴史を塗り替えたDA PUMP。リーダーのISSAを中心に、KEN、YUKINARI、SHINOBUの4人で構成されたオリジナルメンバー時代は、圧倒的なダンススキルと本格的なストリートカルチャーを融合させたパフォーマンスで社会現象を巻き起こしました。
メガヒット曲「if...」をはじめ数々の金字塔を打ち立てた4人ですが、それぞれの転機を経てオリジナルメンバー3人が相次いで脱退。2026年の今、当時の熱狂を知るファンのみならず、後追いでその圧倒的なクオリティに魅了された世代からも「彼らはなぜグループを離れたのか」「現在何をしているのか」と関心が集まっています。激動の時代を駆け抜けた初期メンバーの知られざる脱退劇と驚きの現在地、そして変わらぬ友情の絆を深掘りします。
【伝説の4人時代】沖縄アクターズスクールが生んだDA PUMPの軌跡と大ヒット曲

DA PUMPの原点は、安室奈美恵やSPEEDなど平成の歌姫・スターたちを次々と輩出した名門・沖縄アクターズスクールにあります。卓越したリズム感と身体能力を持つ4人は、ライジングプロダクションに所属後、1997年にシングル「Feelin' Good -It's PARADISE-」で華々しくメジャーデビューを果たしました。
当時としては珍しい本格的なヒップホップダンスと、ISSAの突き抜けるハイトーンボイス、KENの切れ味鋭いラップと振付構築力、YUKINARIの卓越したハウスステップ、SHINOBUのしなやかで華のある存在感が完璧な調和を生み出します。「ごきげんだぜっ! 〜Nothing But Something〜」や「Rhapsody in Blue」でヒットを連発し、2000年にリリースされた12枚目のシングル「if...」は累計売上100万枚に迫る大ヒットを記録。NHK紅白歌合戦にも連続出場するなど、名実ともにトップアーティストの座を確立しました。
【脱退理由の真相】SHINOBU・YUKINARI・KENはなぜグループを離れたのか?
順風満帆に見えた4人組体制でしたが、2000年代半ばからメンバーの人生の選択が交差していきます。ISSA以外の3人がグループおよびライジングプロダクションを離れた経緯には、それぞれの信念と葛藤がありました。
最初にグループを離れたのはSHINOBUでした。2005年、自身の道交法違反(酒気帯び運転)による謹慎期間中、グループの活動を止めてしまったことへの強い責任感を抱きます。自身の原点を見つめ直すなかで「本当に自分がやりたい生き方」と向き合い、2006年4月に正式に脱退を決断しました。
続いて2008年12月に脱退を発表したのがYUKINARIです。結婚や私生活の環境変化に加え、年齢を重ねる中で追求したい音楽性やダンスのジャンルに変化が生じ、「自分自身の表現を別のステージで探求したい」という思いから自らの意志で卒業を選びました。
最後に残ったKENは、新メンバーを大幅に増員した9人体制への移行期を支えましたが、2009年12月に脱退。「グループの目指すパフォーマンスの方向性と、自身が描くダンス・音楽へのこだわり」の差異を埋めることが難しくなり、振付師やプロデューサーとしての道を歩むため、ISSAに熱い想いを託してグループを旅立ちました。
【初期メンバーの現在】小浜島の民宿経営から振付師・実業家まで驚きの転身
グループを離れた3人は現在、それぞれのフィールドで独自の輝きを放っています。
SHINOBU(本名:宮良忍)は、生まれ故郷である沖縄県・小浜島へ帰郷。実家の民宿「みやら」を継ぎ、オーナー兼名物ガイドとして観光客をもてなしています。美しい八重山の海を案内するシュノーケリングツアーや三線ライブが評判を呼び、全国から多くのファンや旅行者が訪れる人気スポットを築き上げました。
YUKINARIは、2018年に出演した「RIZAP(ライザップ)」のCMで劇的な肉体改造に成功して大きな話題を集めました。現在は沖縄を拠点にエンターテインメント施設やバーの経営を手がける実業家として手腕を発揮する傍ら、元メンバーのKENと組んだユニット活動など、音楽への情熱を変わらず持ち続けています。
KEN(奥本健)は、プロのダンサー・コレオグラファー(振付師)として日本のダンスシーンの中核を担っています。数多くの有名アーティストのバックダンサーや振付指導、舞台演出を手掛け、次世代のキッズダンサー育成スタジオを主宰するなど、後進の指導にも情熱を注いでいます。
【不仲説の真実】「解散や分裂ではない」ISSAと元メンバーが紡ぐ本物の絆
グループからメンバーが相次いで離脱すると、芸能界では「不仲による空中分解」といった噂が立ちがちですが、DA PUMP初期メンバーの間には確固たる信頼関係が存在しています。
ISSAはインタビューやメディア出演の際にも、事あるごとに「今のDA PUMPがあるのは、青春を共に過ごした3人がいたからこそ」と語り、過去の功績を称え続けています。プライベートでも交流は続いており、ISSAが沖縄に帰郷した際にSHINOBUの民宿を訪れたり、SNS上で互いの活動を応援し合うコメントを交わしたりと、その関係性は極めて良好です。
2022年に開催された沖縄アクターズスクールの復活祭イベントをはじめとする節目では、同じステージや空間を共有する場面も見られ、お互いの人生と選択を深くリスペクトし合う「終生の仲間」としての絆を証明しています。
【再結成の可能性】2026年現在の関係性と一夜限りの奇跡に期待が高まる理由
現在のDA PUMPはISSAを中心とする新体制で確固たる地位を築いていますが、ファンの間では「初期メンバーによる一夜限りのリユニオン(再結成)」を望む声が根強く存在します。
完全なグループ復帰という形は各々の拠点が異なるため現実的ではないものの、周年記念ライブやスペシャルフェスでの「ゲスト共演」という形での再集結の可能性は決してゼロではありません。それぞれの場所で経験と年齢を重ね、円熟味を増した4人が再び同じステージで「if...」をパフォーマンスする瞬間を、多くの音楽ファンが心待ちにしています。
【da pump 初期 メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:DA PUMPの初期メンバー4人の名前と当時の役割は?
A1:リーダー兼メインボーカルのISSA、ラップ・振付担当のKEN、ダンス・コーラス担当のYUKINARI、ダンス・コーラス担当のSHINOBUの4人です。全員が沖縄県出身で沖縄アクターズスクールで腕を磨きました。
Q2:初期メンバーが脱退した本当の理由は喧嘩別れですか?
A2:喧嘩別れではありません。自身の不祥事に対するけじめ(SHINOBU)、音楽性の探求と生活環境の変化(YUKINARI)、表現・ダンス演出の方向性の違い(KEN)など、それぞれの人生観やキャリアを尊重し合った末の前向きな発展的脱退です。
Q3:SHINOBUが経営している小浜島の民宿は一般人でも泊まれますか?
A3:はい、一般の観光客も宿泊可能です。沖縄県八重山郡竹富町(小浜島)にある「民宿宮良(みやら)」で、SHINOBU本人がツアー案内を行ったり気さくに接客したりすることで非常に高い人気を博しています。
DA PUMPの初期メンバー4人が日本のストリートダンスとポップス史に残した功績は、時を経ても色褪せることはありません。それぞれが異なる道を選び、宿主、実業家、振付師、そして現役のフロントマンとして自らの人生を誇り高く歩んでいます。
形は変われど、沖縄の地で培われたスピリットと4人の強固な絆は今も生き続けています。個々のフィールドで挑戦を続ける彼らの動向から、今後も目が離せません。