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志摩マリンランド閉館の真相と跡地再開発|マンボウの行方と現在

星野 楓 星野 楓 • 更新: • 公開: • 読了約 8 分
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三重県志摩市・賢島のシンボルとして半世紀にわたり親しまれた水族館「志摩マリンランド」。巨大なマンボウが悠々と泳ぐ姿や海女による餌付け実演など、伊勢志摩観光の定番スポットとして数多くの修学旅行生や家族連れを魅了してきました。しかし、2021年3月末をもって約51年におよぶ営業に突如幕を下ろし、全国のファンに大きな衝撃を与えました。

閉館から年月が経過した今もなお、「なぜ閉館してしまったのか」「愛されたマンボウたちはどこへ行ったのか」「営業再開の可能性はあるのか」といった疑問や関心を寄せる声は絶えません。当時の決定的な閉館理由の真相から、飼育生物たちの移籍先、そして近鉄グループが主導する跡地再開発とホテル計画の進捗までを解説します。

【閉館の真相】志摩マリンランドはなぜ営業終了したのか?決定的な理由と背景

マリンランド

多くの人々に惜しまれつつ閉館した志摩マリンランドですが、その最大の理由は「建物の著しい老朽化」にあります。同館が開館したのは1970年(昭和45年)3月。近畿日本鉄道(近鉄)の鳥羽線開通および志摩線改軌に伴う賢島直通運転の開始と同タイミングで開業し、伊勢志摩国立公園の目玉観光施設として位置づけられました。

しかし、半世紀以上にわたって海沿いの過酷な潮風に晒され続けた施設は、躯体コンクリートの中性化や配管設備の劣化が深刻化。巨大な回遊水槽をはじめとする飼育インフラを安全に維持するためには、施設全体を根本から建て直すレベルの大規模改修工事が不可欠な状況に陥っていました。

運営元である近鉄レジャーサービスは改修の可能性を慎重に模索したものの、莫大な設備投資に見合う将来的な収益回収が極めて困難であると判断。安全性確保と事業採算性の観点から、これ以上の単独営業継続は困難との経営判断が下され、歴史に幕を閉じることとなりました。

【マンボウたちの移籍先】シンボルだった生き物はどこへ?全国水族館への搬送記録

志摩マリンランドといえば「マンボウの泳ぐ水族館」として全国に名を馳せていました。そのため閉館発表時、館内で暮らしていた生き物たちの処遇に大きな注目が集まりました。

閉館時点で飼育されていた約400種・約7,000点にのぼる生物たちは、日本動物園水族館協会(JAZA)のネットワークを通じて全国の提携施設へと引き継がれました。特に看板生物であった複数匹のマンボウは、輸送ストレスに極めて弱い繊細な性質を持つため、専門チームによる厳重な水温管理とクレーンを用いた慎重な搬出作業が実施されました。

移籍先としては、近隣の鳥羽水族館(三重県鳥羽市)や名古屋港水族館(愛知県名古屋市)、さらには関東の鴨川シーワールドなどへ手厚く受け渡されました。また、名物だった古代魚シーラカンスの剥製標本や貴重な化石コレクション類も散逸することなく学術機関や関連施設へと保管・展示先が移され、長年の飼育ノウハウとともに次代へ継承されています。

【ネットの反応と営業再開の噂】「復活してほしい」ファンの声と現実のハードル

閉館から時間が経過した現在でも、SNS上では「子供の頃に行った思い出の場所」「海女さんの餌付けショーが忘れられない」といったノスタルジックな投稿が後を絶ちません。ネット上では一時「リニューアルして営業再開するのではないか」「クラウドファンディングで水族館が復活するのでは」といった噂が飛び交った時期もありました。

しかし、現実的に水族館としての営業再開は極めて困難です。飼育設備の大半はすでに撤去・解体プロセスが進んでおり、近代的な水族館をゼロから新設・維持するには数十億円単位の初期投資と膨大なランニングコストが発生します。ネット上で寄せられる復活を願う熱い声とは裏腹に、水族館という形態での再始動計画は存在しません。

【志摩マリンランドの歴史】賢島観光を牽引した半世紀の歩みを振り返る

志摩マリンランドが果たした地域貢献の歴史は非常に大きなものでした。アンモナイトを模した特徴的な建物デザインで親しまれ、開業からの累計入場者数は1,500万人を突破。英虞湾の美しい景観と連動し、賢島を一大観光拠点へと押し上げた立役者です。

ドーナツ型の回遊水槽で海女が魚たちに直接餌を与える実演や、ペンギンに触れ合えるプログラム、日本有数の化石展示フロアなど、エンターテインメントと海洋教育を高度に融合させた展示手法は当時画期的な試みでした。2016年の「伊勢志摩サミット」開催時には、各国要人の滞在エリアとなった賢島の玄関口として、国内外にその存在感を示しました。

【跡地再開発の最新動向】近鉄によるホテル建設計画と賢島エリアの未来像

現在もっとも関心を集めているのが、志摩マリンランド跡地の利活用計画です。賢島駅至近の広大な一等地であることから、土地を所有する近鉄グループホールディングスが再開発の主導権を握っています。

近鉄グループは英虞湾の絶景を望む立地ポテンシャルを最大限に活かし、跡地に国際基準の高級リゾートホテルやヴィラ型宿泊施設を誘致・開発するプロジェクトを検討してきました。伊勢志摩エリアは「志摩観光ホテル」やラグジュアリーリゾート「アマネム」など富裕層・インバウンド需要が高いエリアです。

水族館としての役目を終えた跡地は、豊かな自然と静寂を享受する滞在型プレミアム観光地へと舵を切り、賢島全体のブランド価値を一段引き上げる新たなランドマークとしての再編が進められています。

【志摩マリンランド】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:志摩マリンランドの建物は現在どうなっていますか?見学は可能ですか?
A1:閉館後は敷地内への立ち入りが禁止されており、施設内の一般見学はできません。解体および再開発に向けた安全管理が行われています。

Q2:マリンランドにいたマンボウを今でも見られる場所はどこですか?
A2:マンボウは名古屋港水族館などに移籍されました。マンボウは寿命や個体管理が繊細な生き物であるため、現在の飼育状況や展示有無については名古屋港水族館など各施設の公式サイトで事前に確認することをおすすめします。

Q3:志摩マリンランドの跡地はいつ頃新しくオープンする予定ですか?
A3:近鉄グループによるホテル・リゾート再開発構想が進められていますが、詳細な開業年度や施設ブランドについては公式発表を待つ段階です。今後の動向に注目が集まっています。

志摩マリンランドの閉館は、50年以上の歴史が生んだ施設の老朽化という不可避な課題に向き合った結果でした。愛されたマンボウや仲間たちは全国の水族館へ引き継がれ、命のバトンを繋いでいます。

昭和・平成の賢島観光を力強く支えた水族館の歴史は幕を閉じましたが、その広大な跡地は次の時代に即した新たなリゾート拠点へと生まれ変わろうとしています。半世紀にわたる思い出を胸に刻みつつ、賢島が切り拓く新たな観光のステージに期待が寄せられます。

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