東京を代表する繁華街・上野のすぐ隣に位置し、商業施設や商店街で賑わう街「御徒町」。「おとまち」や「ごしょちょう」などと読み間違えてしまった経験を持つ方も少なくありません。普段何気なく利用している駅名や地名ですが、初見では正しく読むのが難しい東京の代表的な難読地名の一つです。
この独特な漢字の組み合わせには、江戸時代の身分制度や武士の暮らしに直結する深い歴史的背景が隠されています。本記事では、御徒町の正しい読み方や地名の由来となった歴史の真相をはじめ、鉄道アクセスの利便性や街の治安・最新の街並みの様子まで、現役メディア編集部が徹底的に深掘りして解説します。
【即解決】御徒町の正しい読み方は「おかちまち」!誤読されやすい背景

結論から言うと、御徒町の正式な読み方は「おかちまち」です。鉄道の駅名標や各種案内表示にもすべて「Okachimachi」とローマ字表記されています。
日常会話やビジネスシーンで「おとまち」「ごかちまち」「ごしょちょう」と読まれてしまう主な理由は、「徒」という漢字単体を見たときに「生徒」「徒党」などの音読み「ト」や、「いたずら」「ただ」といった訓読みのイメージが先行するためです。「徒」一文字を「かち」と読ませる用例は、現代の日常会話ではほとんど使われません。
しかし、日本の歴史や古語において「徒(かち)」は非常に重要な意味を持っていました。その言語的背景を知ることで、なぜこの漢字が当てられているのかが明確に理解できます。
【地名の由来】なぜ「御徒」と書くのか?江戸時代の徒士(かち)武士に迫る歴史
御徒町という地名が誕生した背景には、徳川幕府が開かれた江戸時代の武士組織が深く関係しています。
当時、馬に乗ることが許された上級武士「騎馬武者」に対し、馬に乗らず自分の足で歩いて戦う下級武士のことを「徒士(かち)」と呼びました。戦国時代から続く「徒歩(かち)で行く」という言葉の通り、自らの足で歩行して警護や戦闘にあたる部隊を指す軍事用語です。
徳川将軍直属の徒士部隊は、敬称の「御」を付けて「御徒(おかち)」や「御徒衆(おかちしゅう)」と呼ばれ、江戸城の警備や将軍が外出する際の先駆・護衛役という極めて重大な任務を担っていました。幕府は防衛上の配置として、江戸城の北東(鬼門)方面にあたる現在の上野・浅草寄りのエリアに御徒衆の大規模な居住地(組屋敷)を整備しました。
明治時代以降、武士の身分制度は廃止されましたが、かつて御徒衆が暮らしていた名残から、1872年(明治5年)に周辺の町名が「下谷御徒町」などと正式に命名されました。行政上の住居表示としては昭和中期に「上野」「台東」などに統合されましたが、1925年(大正14年)に開業したJR御徒町駅をはじめとする駅名や商業施設名にその名が残り、現在も広く親しまれています。
【場所とアクセス】御徒町は台東区のどこ?JRから地下鉄まで4駅が交差する交通網
御徒町エリアは、東京都台東区の南西部に位置しています。北は上野、南は秋葉原、東は新御徒町・浅草方面、西は湯島・本郷方面に隣接しており、東京のイーストサイドを代表する交通と商業の要衝です。
鉄道アクセスは極めて優れており、徒歩圏内に複数の路線・駅が地下通路などを介してコンパクトに集約されています。
利用可能な主な駅と路線は以下の通りです。
・御徒町駅:JR山手線、JR京浜東北線
・上野御徒町駅:都営地下鉄大江戸線
・仲御徒町駅:東京メトロ日比谷線
・新御徒町駅:つくばエクスプレス、都営地下鉄大江戸線
・上野広小路駅:東京メトロ銀座線(御徒町駅西口すぐ)
東京駅まで約6分、新宿駅まで約16分と、都内主要ターミナル駅への移動もスムーズであり、通勤・通学だけでなく観光拠点としても抜群の利便性を誇ります。
【東京の難読駅名一覧】御徒町だけじゃない!初見で読めない山手線・都内の駅名事情
東京都内には、御徒町のように歴史的経緯や古語が元になって生まれた難読駅名が数多く存在します。特にJR山手線や都営地下鉄の路線沿いには、初見の旅行者や上京したばかりの人が戸惑いやすい駅名が点在しています。
代表的な東京の難読駅名とその読み方を整理しました。
・御徒町(おかちまち):JR山手線・京浜東北線(台東区)
・日暮里(にっぽり):JR山手線・常磐線など(荒川区)
・鶯谷(うぐいすだに):JR山手線・京浜東北線(台東区)
・高輪ゲートウェイ(たかなわげーとうぇい):JR山手線・京浜東北線(港区)※地名としての「高輪」
・雑色(ぞうしき):京急本線(大田区)
・軍畑(いくさばた):JR青梅線(青梅市)
・九品仏(くほんぶつ):東急大井町線(世田谷区)
・舎人(とねり):日暮里・舎人ライナー(足立区)
これらの地名の多くは、中世から江戸時代にかけての武士団の配置、寺社仏閣の歴史、地形の特徴に由来しています。御徒町もそうした東京の豊かな歴史的文脈を伝える代表格と言えます。
【街の変遷と現在】アメ横からジュエリー街・ものづくり文化へ|治安と評判のリアル
御徒町駅周辺の現在の様子に目を向けると、多彩な顔を持つ魅力的な商業エリアとして賑わいを見せています。
駅の北側から上野駅方面へ伸びる高架下には、全国的に有名な「アメヤ横丁(アメ横)」が広がり、生鮮食品や衣料品、多国籍グルメの屋台が軒を連ねます。国内外からの観光客で常に活気に満ちており、東京屈指の観光スポットです。
一方で、駅の東側エリアは日本最大の「宝飾・ジュエリー問屋街」として知られ、宝石や貴金属を扱う専門店が数百店舗集積しています。さらに秋葉原方面の高架下には、職人のクラフトマンシップを体感できる商業施設「2k540 AKI-OKA ARTISAN」が誕生するなど、ものづくり文化の発信地としても再評価されています。
気になる治安や住環境の評判については、繁華街特有の賑やかさがあるため夜間の客引きや混雑には一定の注意が必要ですが、駅前交番のパトロールや地域防犯カメラの設置が進んでおり、凶悪犯罪の発生率は低い水準で推移しています。駅前には大型スーパーや商業施設「パルコヤ上野(PARCO_ya)」もあり、利便性と下町情緒が共存する街として幅広い世代から支持を集めています。
【御徒町の読み方】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:御徒町はなぜ「徒」の字を「かち」と読むのですか?
A1:日本の古語や武士言葉で、馬に乗らず自分の足で歩く徒歩部隊を「徒士(かち)」と呼んでいたためです。江戸幕府の歩兵部隊「御徒(おかち)」の住居が集まるエリアだったことから、この漢字と読み方が定着しました。
Q2:現在、台東区に「御徒町」という行政地名はありますか?
A2:正式な町名としての「御徒町」は昭和時代の住居表示変更に伴い「上野」「東上野」「台東」などに改称されたため、現在は存在しません。しかし、JRや地下鉄の駅名、商店街名として広く定着し、地域名として通用しています。
Q3:上野駅と御徒町駅は歩いて移動できる距離ですか?
A3:十分に徒歩移動が可能です。JR上野駅と御徒町駅の間は約500〜600メートルほどで、アメ横商店街などを散策しながら歩けば5分〜7分程度で移動できます。地下通路でも接続されています。
東京の難読地名として挙げられる「御徒町(おかちまち)」は、江戸の街と将軍を守った歩兵部隊「御徒」の足跡を今に伝える貴重な歴史遺産です。
単なる読み方の知識にとどまらず、その成り立ちを知ることで、アメ横の活気やジュエリー街の職人気質といった街の独自の空気感がより立体的に見えてきます。JR山手線や各地下鉄線を利用して御徒町を訪れる際は、下町の歴史と現代のカルチャーが交差するこの街の息吹をぜひ体感してみてください。