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大相撲の行司衣装に迫る!階級別の色の違いや短刀を持つ理由を徹底解説

月岡 空 月岡 空 • 更新: • 公開: • 読了約 8 分
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大相撲の土俵上で力士たちの激闘を裁く「行司」。土俵中央で一際目を引くきらびやかな装束や手にする軍配は、単なる伝統的なユニフォームではありません。身にまとう直垂(ひたたれ)の色、被る烏帽子(えぼし)、さらには履物に至るまで、極めて厳格な格付けと命懸けの精神が凝縮されています。

テレビ中継や本場所の観戦中、「なぜあの行司は短刀を差しているのか」「階級によって装束の色や足元が違うのはなぜか」と疑問を抱いた方も多いはずです。知れば知るほど大相撲観戦が奥深くなる、行司衣装の階級差や歴史的背景、装束にかかる費用の真実まで詳しく紐解きます。

【格付けと色の違い】一目でわかる行司衣装の階級と房・菊綴のルール

行司衣装

大相撲の行司は、力士と同じく完全な階級社会に生きています。現在、行司の階級は最高峰の「立行司」から「序ノ口格」まで8段階に区分されており、着用する装束の装飾色が明確に定められています。

行司が着用する直垂の胸元や袖、袴にあしらわれている丸い飾り紐を「菊綴(きくとじ)」、軍配や烏帽子に結ばれた紐を「房(ふさ)」と呼びます。この色分けを見れば、目の前にいる行司がどの地位にあるのか瞬時に判別可能です。

【行司の階級と装飾色の一覧】

・立行司・木村庄之助(最高位):「総紫(紫一色)」
・立行司・式守伊之助(第2位):「紫白(紫と白の混合)」
・三役格行司:「朱白(緋色と白の混合)」
・幕内格行司:「紅白(赤と白の混合)」
・十両格行司:「青白(緑と白の混合)」
・幕下格行司:「青(緑一色または黒一色)」
・三段目格行司:「青(緑一色または黒一色)」
・序二段格・序ノ口格行司:「青(緑一色または黒一色)」

最上位に君臨する木村庄之助だけに許された「総紫」は、古代より最高位を表す高貴な色です。土俵上に紫一色の房が揺れる結びの一番は、まさに大相撲の品格と伝統の頂点を象徴しています。

【足元の決定的な境界線】十両格と幕下格で分かれる「草履と素足」の格差

装束の菊綴や房の色だけでなく、土俵上での「足元」にも残酷なまでの格差が存在します。その決定的な境界線が、「十両格」と「幕下格」の間です。

力士が十両に上がると「関取」と呼ばれ給与や個室が与えられるのと同様に、行司も十両格に昇格して初めて一人前と認められます。この身分の違いが最も顕著に現れるのが履物です。

幕下格以下の行司は、いかなる季節であっても「素足」で土俵に上がらなければなりません。さらに袴の裾(括り緒)を膝下で縛り上げ、身軽に動ける軽装スタイルを取ります。一方、十両格以上になると足袋の着用が許され、幕内格以上になると白足袋に加えて「草履」を履いて土俵に上がることが認められます。

花道を歩く際、草履の音が響くか、それとも素足で冷たい床を踏みしめているか。この足元の違いには、厳しい下積み時代を勝ち抜いてきた行司たちの誇りと苦難の歴史が刻まれています。

【なぜ短刀を差すのか?】立行司だけが持つ「切腹覚悟」の重みと印籠の意味

結びの一番を裁く立行司(木村庄之助・式守伊之助)の腰元を注視すると、左腰に「短刀」を差し、右腰に「印籠」を下げている姿が確認できます。なぜ行司が刃物を携えているのでしょうか。

この短刀には、「もし判定を誤り、軍配の差し違え(誤審)を犯したならば、直ちに切腹してその責任を取る」という命懸けの覚悟が込められています。もちろん現代において実際に切腹することはありませんが、差し違えが発生した際には日本相撲協会へ進退伺(辞職願)を提出するのが不文律となっています。

また、腰に下げる印籠は「薬入れ」としての名残であり、土俵上で不慮の事態が起きた際の気付け薬を携帯していた歴史に由来します。瞬きすら許されない極限の緊張感の中で勝負を見極める立行司。その帯刀姿は、単なる形式美ではなく、勝負の神聖さを守るための絶対的な覚悟の現れです。

【装束の値段と調達事情】1着100万円超え?仕立て費用は誰が払うのか

絹織物の最高峰である正絹(しょうけん)や西陣織を用い、職人が手作業で仕立てる大相撲の行司装束。その豪華絢爛な見た目から、「一体いくらするのか」「誰が購入費用を負担しているのか」という疑問は絶えません。

結論から言えば、幕内格や立行司が着用する本仕立ての直垂は、1領(着)あたり50万円〜100万円以上、特別注文の最高級品となれば数百万円に達することも珍しくありません。行司は年間6場所、毎日異なる装束を着用するため、一人で何領もの直垂を所有する必要があります。

これらの莫大な費用を若手行司の薄給で賄うことは不可能です。実際には、後援会や「谷町」と呼ばれる熱心な支援者、出身地の有志企業からの寄贈が大部分を占めています。また、所属部屋の師匠や引退した先輩行司から代々受け継がれる貴重な装束も多く、相撲界を支える人々の情熱と絆によって伝統美が維持されています。

【歴史と変遷】烏帽子と軍配に宿る武家文化|明治時代の改革が変えた装束

現在の行司衣装は、鎌倉時代から室町時代にかけての武家社会における公服「直垂」と、頭にかぶる「折烏帽子(おりえぼし)」を基調としています。しかし、行司が最初からこの武家装束を着ていたわけではありません。

江戸時代から明治中期までの行司は、町人風の「裃(かみしも)」を着用し、頭には丁髷(ちょんまげ)を結って土俵に上がっていました。転換期が訪れたのは明治43年(1910年)のことです。

大相撲の近代化と国技としての格式を高めるため、当時の相撲協会は装束の大改革を断行。古式ゆかしい武家の礼装である直垂と烏帽子を採用し、現在の荘厳なスタイルが完成しました。手に持つ「軍配」も、戦国武将が戦場で陣頭指揮を執るために用いた道具であり、土俵という戦場を司る審判官の象徴として受け継がれています。

【行司 衣装】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:夏場所や暑い時期には行司衣装の生地も変わりますか?
A1:変わります。5月場所(夏場所)や7月場所(名古屋場所)、9月場所(秋場所)などの暖かい季節には、通気性の良い「麻」や薄手の「紗(しゃ)」「絽(ろ)」といった夏用の素材で仕立てられた涼しげな直垂が着用されます。

Q2:軍配自体にも階級による違いはあるのでしょうか?
A2:軍配そのものの材質(漆塗り、木目など)は行司個人の好みや支援者からの贈り物によって多様ですが、軍配についている「房(紐)」の色は装束の階級ルールと完全に連動しています。立行司は紫、幕内格は紅白など、明確に指定されています。

Q3:行司の装束はどこで洗濯や手入れをしているのですか?
A3:正絹や金糸がふんだんに使われた高級和装であるため、一般的な水洗いはできません。本場所中は陰干しで湿気を抜き、場所が終わると専門の悉皆屋(しっかいや:着物のクリーニング・補修専門店)に出して入念なメンテナンスを行います。

大相撲の土俵で繰り広げられる熱戦の傍らで、静かに、しかし強烈な存在感を放つ行司の衣装。総紫から青白まで階級を物語る菊綴の色合い、素足から草履へと変わる昇進の軌跡、そして腰に差した短刀が物語る極限の覚悟まで、そのすべてに深い意味が込められています。

力士の豪快な取組はもちろんのこと、行司が身にまとう色鮮やかな直垂や手元の軍配、足元に注目してみるだけで、大相撲という神事・伝統文化の奥深さを何倍も味わうことができます。本場所の土俵を見つめる際は、ぜひ行司の装束が放つ歴史の重みにも目を向けてみてください。

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