音楽の授業やピアノの練習でおなじみの「ドレミファソラシド」。世界共通の言葉のように日常に溶け込んでいますが、ふと「ドレミってそもそも何語なのだろう?」と疑問に思ったことはないでしょうか。「英語のアルファベットの一部?」「それともクラシック音楽の本場であるドイツ語?」と想像する方が多い可能性があります。
実は、私たちが当たり前のように口ずさんでいるドレミはイタリア語に由来しています。しかもその歴史を紐解くと、1000年以上前のキリスト教聖歌や、音楽教育に革命をもたらした一人の修道士の存在にたどり着きます。今回は、ドレミの語源となった聖歌の秘密から、英語・ドイツ語・日本語表記との決定的な違いまで、音楽のルーツを分かりやすく解き明かします。
【発祥の歴史】ドレミは何語?実はイタリア語だった意外な真実

結論から言うと、ドレミの発祥の国はイタリアであり、言語としてはイタリア語(厳密にはその母体となった中世ラテン語)に分類されます。
日本人の感覚からすると、クラシック音楽といえばバッハやベートーヴェンを輩出したドイツや、ポピュラー音楽で親しまれている英語圏を連想しがちです。しかし、西洋音楽理論の基礎が築かれた中世ヨーロッパにおいて、文化と宗教の中心地はイタリアでした。現在でも楽譜に書かれる演奏記号(ピアノ、フォルテ、クレッシェンド、アレグロなど)のほとんどがイタリア語であるのも、まさに同じ歴史的背景によるものです。
【語源の秘密】誕生のきっかけは11世紀の聖歌「聖ヨハネ賛歌」
ドレミの音階が誕生したのは、今から約1000年前の11世紀初頭のことでした。そのルーツは、洗礼者ヨハネの誕生を祝うキリスト教の聖歌『聖ヨハネ賛歌(Ut queant laxis)』にあります。
この聖歌は、各節の歌い出しの音が1音ずつ高くなっていくという独特のメロディ構成を持っていました。それぞれの節の最初の歌詞を並べると、次のようになります。
Ut queant laxis(ウット)
Resonare fibris(レ)
Mira gestorum(ミ)
Famuli tuorum(ファ)
Solve polluti(ソル)
Labii reatum(ラ)
当時の音階は「ウト・レ・ミ・ファ・ソル・ラ」の6音(ヘクサコード)でした。のちに発音しにくい「Ut(ウト)」が、主(神)を意味するラテン語「Dominus」の頭文字などを取って「Do(ド)」へと変更され、さらに聖歌の最後の言葉「Sancte Ioannes」の頭文字を組み合わせて「Si(シ)」が追加され、現在の「ドレミファソラシド」が完成しました。
【音楽史の革命】考案者グイド・ダレッツォとソルフェージュの誕生
この画期的な音名シラブルを考案したのは、イタリアのトスカーナ地方で活躍した修道士グイド・ダレッツォ(Guido d'Arezzo)です。
11世紀初頭、楽譜という概念が未発達だった時代、修道士たちは何百曲もの聖歌をすべて耳コピと記憶だけで覚えなければなりませんでした。新人の合唱隊員が一人前の歌い手になるまでには10年もの年月がかかっていたと言われています。
この非効率な現状を打破するため、ダレッツォは「決まったメロディの頭文字で音の高さを覚える」という視唱教育システムを開発しました。これこそが、現代の音感トレーニングや読譜教育の基礎となるソルフェージュの歴史の原点です。ダレッツォの工夫によって、修道士たちの習得期間は数日から数週間へと劇的に短縮され、音楽史上最大の教育改革となりました。
【世界の音名比較】英語・ドイツ語・日本語(ハニホヘトイロ)の決定的な違い
ドレミが世界中に広まる過程で、各国は独自の音名表記を発達させました。楽譜やコード進行を読み解くうえで、各国の対応関係を押さえておくと非常に役立ちます。
世界各国の表記を比較すると、以下のような明確な特徴があります。
・イタリア語・フランス語:Do, Re, Mi, Fa, Sol, La, Si(歌唱用シラブルとして広く浸透)
・英語:C, D, E, F, G, A, B(コード進行や現代ポピュラー音楽の標準)
・ドイツ語:C, D, E, F, G, A, H(「シ」の音をBではなく「H(ハー)」と呼び、フラットがついたシを「B(ベー)」と呼ぶ独特の体系)
・日本語:ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、イ、ロ(いろは歌順。クラシック音楽の調性表記で使用)
例えば、「ド」の音を基準にした長調は、英語で「Cメジャー」、ドイツ語で「C-dur(ツェードゥア)」、日本語で「ハ長調」となります。日本語の「ト音記号」の「ト」が「ソ(G音)」の音位置を示しているのも、この日本語表記が由来です。
【意外な落とし穴】知っておきたい「音名」と「階名」の違いとは?
音楽を学ぶ上で混同しやすいのが「音名」と「階名」の違いです。
音名(絶対的な音の高さ):
チューニングの基準となる音そのものの名前です。ピアノの鍵盤の「特定の白鍵・黒鍵の周波数」を指し、曲の調(キー)が変わっても名称は変わりません。主に英語(C, D, E…)やドイツ語、日本語(ハニホヘ…)が使われます。
階名(相対的な音の役割):
調(キー)の主音(根音)を基準とした相対的なポジションを指します。たとえばヘ長調(Fメジャー)の曲では、「ファ(F)」の音が階名としての「ド」になります。移動ド唱法などで使われる「ドレミ」は、本来はこの階名を表すツールとして極めて優れています。
日本では「ドレミ」を音名としても階名としても両用することが多いため混乱しがちですが、本来のルーツに立ち返ると、ドレミは歌いやすく音程感を掴むための「階名」として生まれた歴史を持っています。
【名曲の舞台裏】映画『サウンド・オブ・ミュージック』ドレミの歌原曲のトリビア
日本で「ドレミ」を一躍お茶の間の定番にした立役者といえば、ペギー葉山氏が訳詞を手掛けた『ドレミの歌』です。「ドはドーナツのド、レはレモンのレ」という親しみやすい歌詞は、世代を超えて歌い継がれています。
しかし、名作ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』における英語の原曲では、全く異なる単語遊びが展開されています。
・Doe(ド):雌ジカ(同音異義語のDoeを使用)
・Ray(レ):太陽の光線
・Me(ミ):自分自身
・Far(ファ):遠い場所
・Sew(ソ):針と糸で縫う
・La(ラ):ソの次に続く言葉(音階のラ)
・Tea(シ/英語圏ではTi):温かいお茶
英語圏では「シ」を「Ti(ティ)」と発音するため、「Tea(お茶)」という言葉に見事に掛けています。原曲の言葉遊びの鮮やかさと、それを日本の子供向けに「ドーナツ」「レモン」と完璧に翻案したペギー葉山氏の見事なセンスの対比は、音楽ファンの間でも語り草となっています。
【ドレミは何語?】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:なぜ「ド」だけ英語で「C」から始まるのですか?「A」から始まらない理由は?
A1:中世ヨーロッパの音楽理論では「ラ(A)」が基準の低音と考えられていたため、ラに「A」が割り振られました。その後、音楽の中心が長調(メジャースケール)へ移行し、「ド」から始まる音階が主流になったため、ドが「C」に対応する形になりました。
Q2:フランスやロシアでも「ドレミ」は通じますか?
A2:はい、通じます。フランス、イタリア、スペインなどのラテン系諸国やロシアでは、アルファベット表記よりも「Do, Re, Mi...」が正式な音名として日常的に使われています。
Q3:なぜ「ドレミファソラシ」は7音しかないのですか?
A3:古代ギリシャの数学者ピタゴラスが発見した音律理論や、自然界の倍音構造に基づき、1オクターブを美しく調和する7つの音に分割した全音・半音の並び(全・全・半・全・全・全・半)が西洋音楽の基礎として定着したためです。
子供の頃から何気なく口ずさんできた「ドレミ」は、単なる記号ではなく、11世紀のイタリアで生まれた修道士の知恵と聖歌の歴史が凝縮された文化遺産です。
日常会話やカラオケ、楽器の練習などで音階に触れる際、その背後にあるイタリアの修道院や各国の表記の違いを思い浮かべてみると、いつもの音楽が少し違った深みを持って聴こえてくるはずです。