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犯罪者が手記で稼ぐ理不尽を防ぐ「サムの息子法」と日本の壁

月岡 空 月岡 空 • 更新: • 公開: • 読了約 8 分
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凶悪事件の加害者が獄中から手記を出版したり、事件の映画化権を売却して巨額の印税を手にする――。こうした理不尽から被害者や遺族の感情を守り、犯罪による商業的利益を剥奪するために生まれたのが、アメリカの「サムの息子法(Son of Sam law)」です。

凄惨な事件が起きるたび、日本でも「なぜ加害者が手記で稼ぐのを法で止められないのか」という議論が巻き起こります。法と正義、そして表現の自由が交錯するこの問題について、アメリカでの誕生経緯から違憲判決の論点、日本における法整備の現在地までを検証します。

【基礎知識】サムの息子法とは?犯罪者の印税ビジネスを封じる仕組みをわかりやすく解説

サムの息子法

サムの息子法とは、一言で言えば「犯罪者が自らの犯した罪を描写・告白することで金銭的利益を得ることを防ぐ法律」です。加害者が事件の手記出版や映画化、テレビドラマ化の契約を結んだ際、出版社や映像制作会社が支払う報酬を州の犯罪被害者委員会などの公的機関が一時的に凍結・管理します。

プールされた資金は加害者の手には渡らず、被害者や遺族が起こす損害賠償請求の原資として優先的に分配されます。加害者が自分の犯した凶悪犯罪をコンテンツ化して富や名声を得る「犯罪者の印税ビジネス」を根底から封じることを目的とした画期的な仕組みです。

【誕生の背景】連続射殺魔デビッド・バーコウィッツ事件とニューヨーク州法の経緯

この法律が誕生する契機となったのは、1970年代後半のニューヨークを恐怖に陥れた連続無差別銃撃事件でした。犯人のデビッド・バーコウィッツは、自らを「サムの息子」と名乗る手紙を警察やマスコミに送りつけ、若い女性やカップルを次々と.44口径のリボルバーで襲撃。6人を殺害し、7人に重軽傷を負わせました。

1977年に彼が逮捕された直後、全米の出版社や映画会社が巨額の契約金を用意して独占手記や映像化権の獲得に殺到する事態が発生します。最愛の家族を奪われた遺族が深い悲しみに暮れる中、猟奇殺人犯がメディア狂乱に乗じて億単位の富を手にする可能性に、世論は激しい怒りに包まれました。

ニューヨーク州議会はこの事態を阻止するため、極めて異例のスピードで立法に着手。バーコウィッツ逮捕と同じ1977年、世界初となる「サムの息子法」を成立させました。その後、全米のほぼすべての州や連邦政府にも同様の法制度が波及していきました。

【全米を揺るがした法廷闘争】「表現の自由」をめぐる米最高裁の違憲判決

被害者感情に寄り添う形で成立したサムの息子法でしたが、1990年代に入り司法の場で重大な壁に直面します。契機となったのは、マフィアの元幹部ヘンリー・ヒルを描いたノンフィクション書籍(後に映画『グッドフェローズ』の原作)をめぐる裁判です。

大手出版社サイモン&シュスター社が「サムの息子法はアメリカ合衆国憲法修正第1条が保障する表現の自由を侵害している」としてニューヨーク州を提訴。1991年、連邦最高裁判所は裁判官全員一致で「サムの息子法は違憲」とする判決を下しました。

最高裁が違憲と判断した主な理由は、法律の対象範囲が広すぎた点にあります。「犯罪について記述された著作物」という特定の内容(言論の中身)のみを狙い撃ちにして経済的ペナルティを科すことは、政府による表現の規制に該当するという法理です。この判決を受け、各州議会は「犯罪の内容そのもの」を規制するのではなく、「民事上の損害賠償請求期間を延長し、あらゆる犯罪収益を被害者が回収しやすくする」といった形に法律を修正・再構築しました。

【日本の現状】「絶歌」手記出版問題から考える日本にサムの息子法が存在しない理由

日本国内でも、加害者による手記出版は幾度となく激しい社会的摩擦を引き起こしてきました。特に大きな波紋を呼んだのが、2015年に刊行された神戸連続児童殺傷事件の元少年Aによる手記『絶歌』の出版問題です。遺族への事前の相談や了解がないまま商業出版され、元少年側には多額の印税が支払われたと報じられました。

日本にサムの息子法に相当する法律が存在しない背景には、憲法上の高いハードルがあります。

日本の最高法規である日本国憲法第21条は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」を保障し、検閲を絶対的に禁止しています。いかに道義的に許されがたい内容であっても、国家権力が特定の出版行為を直接差し止めたり、特定の言論活動から生じる収益のみを一律に没収する法律を作れば、違憲審査で無効とされるリスクが極めて高いのが実情です。

【被害者救済の現実】犯罪被害者等支援と損害賠償請求の分厚い壁

日本では2004年に犯罪被害者等基本法が成立し、国や自治体による被害者支援の枠組みは徐々に前進してきました。また、組織犯罪処罰法などに基づく犯罪収益剥奪の手続きも存在します。しかし、これらは詐欺や薬物密売といった不法行為そのもので得た資金を対象としており、事件後に執筆された手記の印税を「犯罪行為によって得た直接の収益」として国が没収することは法解釈上困難です。

現状、日本の被害者遺族に残された対抗手段は、民事訴訟で確定した損害賠償請求権を行使し、加害者が受け取る印税債権を個別に差し押さえることだけです。

しかし、民事の債権回収は遺族側自らが加害者の銀行口座や出版契約の事実を突き止める必要があり、精神的・金銭的負担が極めて重いのが実情です。さらに確定判決の消滅時効(原則10年)の更新手続きなど、被害者側が生涯にわたって加害者と向き合い続けなければならない制度的限界が残されています。

【サムの息子法】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:日本で凶悪犯の手記出版を事前に差し止めることは法律上不可能ですか?
A1:極めて困難です。出版前の事前差し止めは、名誉毀損やプライバシー侵害によって回復不能な重大な損害が生じる明白な場合に限り、例外的に裁判所の仮処分として認められるケースがあります。しかし、加害者が自身の視点から事件を語る書籍を一律に事前出版禁止とすることは、憲法が禁じる検閲に抵触する可能性が高いため認められていません。

Q2:アメリカ以外の国にもサムの息子法のような制度はありますか?
A2:イギリス、オーストラリア、カナダなどの一部の州で、類似の法制度が導入されています。たとえばイギリスでは2009年検察官および司法法(Coroners and Justice Act 2009)に基づき、犯罪者が自身の犯罪体験を商品化して得た収益を公的に追徴・没収する命令を裁判所が出せる枠組みが整えられています。

Q3:加害者が得た印税を遺族が差し押さえる場合、どのような課題がありますか?
A3:最大の壁は「債権の所在特定」です。出版社がどの口座にいつ印税を振り込むのか、あるいはペンネームや代理人名義を使っていないかを被害者側が特定して裁判所に差し押さえを申し立てる必要があり、立証の負担が被害者遺族に偏っている点が長年指摘されています。

自らの蛮行を元手に利益を得る加害者と、生涯癒えない傷を抱え続ける被害者遺族。サムの息子法が提起した問題は、単なる法解釈の枠を超え、「法は誰の尊厳を優先して守るべきか」という正義の本質を私たちに突きつけています。

憲法が保障する表現の自由を侵すことなく、いかにして理不尽な犯罪利益の還流を防ぎ、被害者救済の実効性を高めるか。アメリカが辿った違憲判決と法改正の軌跡を教訓に、日本においても被害者の債権回収を公的に支援する仕組みなど、現実的かつ実効性の高い制度設計に向けた議論が求められています。

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