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関ジャニ脱退メンバーの理由と脱退順!歴代3人の現在と不仲説の真相

白石 ひなた 白石 ひなた • 更新: • 公開: • 読了約 10 分
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2004年に「浪花いろは節」で鮮烈なデビューを果たし、関西発の王道アイドルとして独自の道を切り拓いてきた関ジャニ∞。2024年にはグループ名を「SUPER EIGHT」へと改名し、2026年現在もドームツアーや大型フェスを牽引するトップアーティストとして君臨しています。

しかし、その華々しい歩みの裏には、苦楽を共にしてきたメンバーとの別れがありました。結成当初は8人体制だったグループから、内博貴、渋谷すばる、錦戸亮の3名が去り、現在は5人で活動を続けています。彼らはなぜグループを去る決断を下したのか、巷で囁かれた不仲説の真相はどうだったのか。本稿では、歴代脱退メンバーの脱退理由や脱退順、そして2026年現在の活動状況に至るまで、徹底した取材データを基に解説します。

【一覧】関ジャニ∞の初期メンバーと脱退順・メンバーカラーの変遷

関ジャニ脱退メンバー

関ジャニ∞はもともと、関西ジャニーズJr.の中心メンバーによって結成された8人組グループでした。まずは、グループの礎を築いた関ジャニ∞の初期メンバーと当時のメンバーカラー、そしてグループを去った時系列を整理します。

結成初期の8名とメンバーカラーは以下の構成でした。

  • 横山裕(ブラック)
  • 渋谷すばる(レッド)※2018年脱退
  • 村上信五(ナス / パープル)
  • 丸山隆平(オレンジ)
  • 安田章大(ブルー)
  • 錦戸亮(イエロー)※2019年脱退
  • 大倉忠義(グリーン)
  • 内博貴(ピンク)※2006年離脱

関ジャニの脱退順を振り返ると、最初の転機となったのが2005年から2006年にかけての内博貴の離脱でした。その後、メインボーカルとしてグループの音楽性を牽引した渋谷すばるが2018年に卒業。翌2019年には錦戸亮が続き、デビュー15周年の節目に現在の5人体制へと移行しました。

【2005〜2006年】内博貴の脱退経緯|不祥事による活動休止からソロへ

グループ初期のビジュアル面と歌唱を支え、当時NEWSとの兼任メンバーとしても絶大な人気を誇っていたのが内博貴です。彼の脱退の経緯は、他の2人とは大きく事情が異なります。

2005年7月、当時18歳だった内は未成年飲酒による騒動を起こし、芸能活動の無期限中断を余儀なくされました。翌2006年には事実上のグループ離脱が確定し、研修生としての再スタートを強いられることになります。

突然の離脱劇はグループにとっても大きな打撃でしたが、残されたメンバーはコンサートなどで彼のメンバーカラーであるピンクを取り入れた演出を続けるなど、復帰を信じて待ち続けました。しかし最終的には、NEWS・関ジャニ∞双方へのグループ復帰は叶わず、2007年の少年隊主演舞台『PLAYZONE』への出演を皮切りにソロタレントとして芸能活動を再開する道を選びました。

【2018年】渋谷すばるの脱退理由と異例の記者会見|音楽追求の道へ

グループの精神的支柱であり、唯一無二の歌声でバンドスタイルの核を担っていた渋谷すばるの脱退は、ファンのみならず音楽界全体に激震を走らせました。

2018年4月15日、都内ホテルで開かれた関ジャニの脱退記者会見は、ジャニーズ事務所(当時)の歴史においても極めて異例の形式で行われました。負傷療養中だった安田章大を除くメンバー全員が同席し、テレビカメラの前に並んで渋谷の旅立ちを報告したのです。

記者会見で明かされた渋谷すばるの脱退理由は、「自らの音楽を深く追求し、海外を拠点に音楽活動を学び直したい」という強いプロ意識でした。35歳を過ぎ、人生の後半戦を見据えたときに「グループの看板に甘えることなく、自分の力だけでどこまで通用するのか試したい」という純粋なアーティストとしての渇望が、脱退という決断に至った核心でした。会見中、メンバーが涙を浮かべながらも渋谷の背中を押す言葉を述べた姿は、強い絆の証として語り継がれています。

【2019年】錦戸亮の脱退理由と不仲説の真相|方向性の違いと覚悟

渋谷の脱退からわずか1年半後の2019年9月、デビュー15周年記念ツアー『十五祭』のファイナル直後に発表されたのが錦戸亮のグループ脱退および事務所退所でした。

錦戸は俳優としても数々のドラマや映画で主演を務め、関ジャニ∞の知名度を牽引してきたエース的存在でした。そのため、立て続けの主力メンバー離脱に対して、ネット上では「メンバー間の確執」「グループ内の意見対立による不仲」といった憶測が飛び交いました。

しかし、綿密な取材と当人たちの発言を紐解くと、関ジャニの不仲説の真相は感情的な対立ではなく「グループの未来像に対する意見の相違」であったことが分かります。渋谷の脱退を受けて「6人でどう進むべきか」「全員揃わないなら解散も視野に入れるべきではないか」という議論が交わされる中で、錦戸は自分自身のエンターテインメントをゼロから再構築したいという思いを強めていきました。

多忙を極める個人活動とグループ活動を両立させる限界を感じていたこともあり、35歳を迎えるタイミングで自立の道を選択したのが錦戸亮の脱退理由の本質でした。

【2024年の転換点】関ジャニ∞から「SUPER EIGHT」への改名理由

脱退メンバーを送り出し、5人体制で絆を強めてきたグループに2024年、歴史的な転換点が訪れました。「関ジャニ∞」という長年親しまれたグループ名の変更です。

SUPER EIGHTへの改名理由は、旧ジャニーズ事務所の名称変更および事業再編に伴い、グループ名から「ジャニーズ」に由来する文脈を外す必要が生じたためでした。メンバーはファンから新名称のアイデアを公募するなど対話を重ねた末、これまで培ってきた「EIGHT(エイト)」の誇りと、「∞(無限大)」の絆をさらに超越・進化させる意味を込め、「SUPER EIGHT」という新名称を誕生させました。

名称が変わっても「8人から始まった魂」は受け継がれており、改名後初のアルバムやスタジアム公演を大成功に収めるなど、そのブランド価値は2026年の現在も揺らいでいません。

【2026年最新】脱退メンバー3人の現在の活動と驚きの動向

グループを離れた3名は、2026年現在どのようなキャリアを歩んでいるのでしょうか。それぞれの最新動向をまとめました。

1. 錦戸亮の現在の活動

自主レーベル「NOMAD RECORDS」を拠点に、ソロアーティストとして毎年全国ツアーを開催。音楽活動を主軸にしながらも、近年は地上波の連続ドラマや映画、配信作品への出演オファーが殺到しており、実力派俳優として唯一無二の地位を再構築しています。

2. 渋谷すばるの現在

シンガーソングライターとして国内外のライブハウスやロックフェスを中心に精力的なステージを展開。自身のレーベルで妥協のないサウンドを追求し続けており、インディペンデントな音楽シーンで熱狂的な支持を集めています。近年はSNSやYouTubeでの飾らない発信も話題を呼んでいます。

3. 内博貴の現在

舞台やミュージカルの世界で本格派アクターとしての評価を確立。堂本光一が長年牽引してきた『SHOCK』シリーズをはじめとする大型舞台で主要キャストを歴任し、ストレートプレイから音楽劇まで幅広くこなす実力派舞台俳優として第一線で活躍を続けています。

【関ジャニの脱退メンバー】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:脱退したメンバー同士や現役メンバーとの交流は現在もありますか?
A1:公私ともに良好な関係性が伝えられています。音楽番組のバックステージや共通の知人を通じて言葉を交わす場面が報告されているほか、SNS上でお互いの活動を匂わせる投稿やリスペクトを込めた発言が見られるなど、確執がないことが証明されています。

Q2:内博貴の脱退は公式に発表されたものだったのでしょうか?
A2:2005年の活動休止以降、NEWSおよび関ジャニ∞への復帰はなく、2006年末に研修生からソロタレントとして活動再開することが発表されたことで、事実上のグループ脱退となりました。

Q3:なぜ渋谷すばるの脱退会見には安田章大が欠席したのですか?
A3:安田は当時、脳腫瘍(髄膜腫)の摘出手術後の療養中であり、さらに転倒による骨折を負っていたためです。会見を欠席せざるを得ない深刻な体調不良でありながら、渋谷への温かいメッセージを文書で寄せました。

関ジャニ∞からSUPER EIGHTへと続く20年以上の歴史の中で、内博貴、渋谷すばる、錦戸亮の3人が下した脱退の決断は、いずれも自らの人生と表現に真摯に向き合った結果でした。

別れを乗り越えて結束を深めたSUPER EIGHTの5人と、独立したフィールドで独自の輝きを放ち続ける脱退メンバーたち。歩む道は分かれましたが、彼らが関西から巻き起こした熱狂とエンターテインメントへの情熱は、2026年の今もそれぞれの場所で確実に息づいています。

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白石 ひなた
トレンドリサーチャー 白石 ひなた
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芸能・エンタメ取材7年。一次情報は事務所の公式リリースと本人の公式SNSに限定し、報道だけの情報は複数媒体の一致を確認してから扱います。

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