日本の家庭料理ブームを牽引し続ける料理研究家・栗原はるみさん。その最愛のパートナーであり、彼女の才能を最初に見出して世に送り出した立役者こそが、夫の故・栗原玲児(くりはら れいじ)さんです。昭和から平成にかけてテレビ界を沸かせた名司会者であり、その端正なルックスと抜群のファッションセンスは今なお語り草となっています。
往年のテレビファンからは「とにかくダンディでかっこよかった」「知的なイケメンキャスターの先駆け」と絶賛される栗原玲児さん。その華々しいキャリアや元妻である歌手・坂本スミ子さんとの離婚劇、そして料理研究家・栗原はるみさんとの奇跡的な出会いまで、波乱と情熱に満ちたその歩みを解説します。
【写真で振り返る】栗原玲児の若い頃が「超イケメン」と語り継がれる理由
1933(昭和8)年8月26日生まれの栗原玲児さんは、慶應義塾大学を卒業後、洗練された都会的なセンスと知性を武器にメディア界へ進出しました。当時のテレビ界において、彼の端正な顔立ちとスラリとした高身長、仕立ての良いスーツを着こなすダンディなスタイルは群を抜いており、お茶の間の女性層を中心に熱烈な支持を集めました。
当時の白黒・カラー写真やアーカイブ映像を見返しても、どこか西洋的な彫りの深い顔立ちと柔和な笑顔が印象的です。単なるタレントではなく、社会情勢を鋭く切り取る知性派キャスターとしての説得力を併せ持っていたことが、彼を特別な存在たらしめていました。
『モーニングショー』で一世を風靡!伝説の司会者・キャスターとしての華麗な経歴
栗原玲児さんの名を全国区に押し上げたのは、NET(現・テレビ朝日)系列の朝のワイドショー『木島則夫モーニングショー』への出演でした。メイン司会者の木島則夫さんを支えるサブ司会やリポーターとして抜擢されると、機転の利いたトークと爽やかな語り口で番組の看板スターへと駆け上がります。
その後もNHK『スタジオL』や各局の情報番組、対談番組で司会を務め、インタビューの名手としても高い評価を受けました。取材相手の本音を引き出す卓越した話術とジェントルマンな立ち振る舞いは、後進のアナウンサーやキャスターたちにも多大な影響を与えています。
元妻・坂本スミ子との電撃結婚と離婚の真相|すれ違いの背景とは
栗原玲児さんの私生活において、メディアを大きく騒がせた出来事の一つが、ラテン歌手・女優として一世を風靡した坂本スミ子さんとの結婚と離婚です。
1964年、人気絶頂にあった2人は結婚し、芸能界のビッグカップルとして大きな注目を集めました。しかし、多忙を極めるトップスター同士の生活はすれ違いが多く、価値観の相違も重なって1966年にわずか2年足らずで離婚に至ります。当時のワイドショーでも連日報じられた破局劇でしたが、泥沼の愛憎劇というよりは、お互いのキャリアや生き方を尊重した上での苦渋の決断だったと伝えられています。
運命の出会い!料理研究家・栗原はるみとの馴れ初めと「夫婦のルール」
坂本スミ子さんとの離婚から数年後、栗原玲児さんは運命の女性と出会います。当時まだ20代半ばで、料理研究家として世に出る前の栗原はるみさんでした。
出会いのきっかけは、知人を介した食事の席でした。当時のはるみさんは静岡県下田市出身の純朴な女性でしたが、玲児さんは彼女の持つ素朴な温かさと天性の家事能力、そして人柄の良さに一目惚れします。14歳という年齢差や玲児さんの再婚というハードルを乗り越え、熱烈なアプローチの末に1973年に結婚を果たしました。
結婚当初、玲児さんは「家庭をしっかり守ってほしい」という古風な一面も見せていましたが、はるみさんが作る家庭料理の驚異的な美味しさとセンスに気づき、「君の料理はもっと多くの人に届けるべきだ」と背中を押し始めます。番組制作やメディアの裏表を知り尽くした玲児さんの的確な助言とプロデュース力こそが、現在の「料理研究家・栗原はるみ」を誕生させた最大の原動力でした。
料理家ファミリーの原点|長女・栗原友と長男・栗原心平へ受け継がれたDNA
栗原玲児さんとはるみさんの間には、2人の子どもが誕生しました。現在、フードディレクター・料理家として活躍する長女の栗原友(とも)さんと、『男子ごはん』などでおなじみの人気料理家・長男の栗原心平(しんぺい)さんです。
栗原家では「食」を通じた家族の対話が何よりも大切にされていました。玲児さんは家庭でも非常にこだわりが強く、料理の盛り付けや器の選び方、空間のしつらえに至るまで美意識を徹底。子どもたちは幼少期から「本物を見極める審美眼」と「豊かな食体験」を自然と吸収して育ちました。現在、姉弟そろって日本の食文化シーンの第一線で活躍している背景には、父・玲児さんが注ぎ込んだ美意識と食への敬意が脈々と受け継がれています。
最期まで妻を支え続けた85年の生涯|病気との闘いと現在の家族
晩年の栗原玲児さんは、メディアの表舞台からは身を引いていたものの、はるみさんの活動を一番近くで見守る最良のアドバイザーであり続けました。
しかし、肺がんを患い闘病生活に入ります。2019年8月3日、妻のはるみさんや子どもたちに温かく見守られながら、85歳で息を引き取りました。最愛の夫を亡くした直後、はるみさんは深い喪失感(夫ロス)に苦しんだことを明かしていますが、玲児さんが遺してくれた数々の言葉や教えを胸に、現在も精力的な執筆活動やカフェ運営などを続けています。
【栗原玲児の若い頃】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:栗原玲児さんの若い頃はどんな番組で活躍していましたか?
A1:NET(現・テレビ朝日)の『木島則夫モーニングショー』でサブ司会者・キャスターを務め、知的で都会的なイケメン司会者として全国的な人気を博しました。その後もNHKや民放各局の情報番組で活躍しました。
Q2:元妻の坂本スミ子さんとの間に子どもはいましたか?
A2:坂本スミ子さんとの間に子どもはいませんでした。坂本さんとの離婚後、再婚した栗原はるみさんとの間に長女(栗原友さん)と長男(栗原心平さん)の2人の子どもに恵まれています。
Q3:栗原はるみさんが料理研究家になったのは夫・玲児さんの影響ですか?
A3:大きな影響を与えています。玲児さんは妻の料理の腕前をいち早く見抜き、自身のメディア人脈や企画力を生かして雑誌やテレビの現場へと橋渡しを行いました。はるみさんにとって最大のファンであり、厳しくも温かいプロデューサーでした。
若い頃は昭和のテレビ界を席巻したスタイリッシュな司会者として名を馳せ、私生活では最愛の妻・栗原はるみさんの才能を誰よりも信じて支え抜いた栗原玲児さん。その美意識と情熱は、妻の世界的成功と、同じく食の道を歩む子どもたちへとしっかりと受け継がれています。彼が遺したダンディな足跡と家族愛の物語は、今なお色あせることのない魅力を放っています。