平安文学の傑作『枕草子』の中でも、高校の定期テストや大学入試で圧倒的な出題率を誇るのが「如月つごもり頃に(きさらぎつごもりごろに)」の章段です。宮廷きっての貴公子であり当代随一の歌人・藤原公任から突然投げかけられた和歌の上の句に対し、中宮定子に仕える清少納言がどのように切り返したのか――そこには、一歩間違えれば主君の恥となりかねない極限の緊張感と、洗練された知略のドラマが凝縮されています。
古典の授業でつまずきやすい現代語訳やあらすじはもちろん、テストで必ず差がつく品詞分解や敬語の「敬意の方向」、さらには当時の時代背景までを網羅的に整理しました。この記事一本で、作品の背景にある人間模様から定期テスト・共通テスト対策までスムーズに理解を深められます。
【あらすじと背景】「如月つごもり頃に」は何を描いた章段なのか?

季節は2月下旬(如月つごもり頃)。空がひどく曇り、雪がちらちらと舞い散る寒々しい日に事件は起こります。時の権力者・藤原道長の従兄弟であり、和歌・漢詩・管弦のすべてに秀でた宮廷のスター・藤原公任から、中宮定子の後宮に一枝の白梅とともに和歌の「上の句」だけが届けられたのです。
そこにしたためられていたのは、「少し春ある心地こそすれ」(ほんの少し春の訪れが感じられる心地がすることだよ)という見事なフレーズでした。これは単なる風流な便りではなく、「この上の句に見合う下の句を即座に付けて返してみせよ」という、定子後宮の教養を試す挑戦状にほかなりません。
当時、一条天皇の寵愛を集めていた中宮定子サロンは、才気あふれる女房たちが集う文化の最先端でした。もしここで稚拙な返歌を返せば、女房個人だけでなく主君である定子の名声に傷がつきます。指名された清少納言は凄まじい重圧にさらされながらも、機転を利かせた下の句を返し、宮中の貴族たちを唸らせることになります。
【現代語訳・原文対照】清少納言と藤原公任の緊迫した和歌の応酬
本文のドラマを正確に把握するために、原文と現代語訳を対照しながら場面の推移を追っていきます。
【原文】
如月つごもり頃、風いたう吹きて、空いみじう黒きに、雪少しうち散る。黒戸に主殿司来て、「大夫の君やいます」と問へば、寄りたるに、「これ、公任の宰相の御許より」とて、あるを見れば、薄様なる文に、いみじう気色ばめる梅の花を折りて、枝短くて包みたり。
見れば、「少し春ある心地こそすれ」とぞある。その折の気色に、いとよう合ひたる。これが返事、いかがすべき。「下はいかに詠むべき」と問ふに、「なほ、これに付けよ」とのたまふ。げにいかにぞやと、思ひわづらひ侍るほどに……
【現代語訳】
二月の下旬頃、風がひどく吹いて、空が一面真っ黒に曇っているところに、雪が少し舞い散っている。黒戸の間に主殿司(宮中の雑務を司る下級官人)が来て、「大夫の君(清少納言)はいらっしゃいますか」と尋ねるので、そばへ寄ったところ、「これを公任の宰相様のもとから」と言って差し出すものを見ると、薄紫色の紙の手紙に、たいそう趣ありげに咲き誇る梅の花を短く折った枝を包んでいる。
開いて見ると、「少し春ある心地こそすれ(ほんの少し春の訪れが感じられる心地がすることだよ)」と書いてある。そのときの天候の様子に、実によく合っている。この返事はどうしたらよいだろうか。「下の句はどう詠んだらよいでしょう」と(女房たちに)相談すると、「やはり、あなたがこれに付けなさい」とおっしゃる。本当にどうしたものだろうかと、思い悩んでおりますうちに……
【清少納言が返した下の句】
「空寒み 花に紛へて 散る雪を見れば」
(空が寒々としているので、梅の花に見間違えるようにして散ってくる雪を見ていると)
公任の「少し春ある心地こそすれ」に対し、清少納言は「空寒み〜」とつなげることで、「空が寒々として花かと見紛う雪が降っているのを見ると、(春というより冬の寒さですが、散る雪を花と見立てる風流さに触れてこそ)少し春の訪れを感じる心地がしますね」という、天候のリアリティと風流な見立てを完璧に融合させた一首を完成させたのです。
【深層心理と文脈】清少納言のプレッシャーと中宮定子への忠誠心
この章段で頻出の設問となるのが、「清少納言の心情変化」です。手紙を受け取った瞬間の彼女の胸中は、決して余裕に満ちたものではありませんでした。
相手は『和漢朗詠集』の撰者としても知られる当代最高のインフルエンサー・藤原公任です。清少納言は内心で、「中宮定子様付きの女房として、下手な歌を返して恥をかかせるわけにはいかない」「他の先輩女房たちに代筆してもらいたい」と激しく逡巡しています。
しかし、周囲の女房たちから「公任様はあなたを名指しで送ってきたのだから、あなたが返しなさい」と背中を押され、覚悟を決めて筆を執りました。結果として、公任の上の句を否定することなく、その場の情景を巧みに取り込んだ下の句を即座にひねり出しました。
この返歌を聞いた公任をはじめとする殿上人たちは、「名取川の底知れぬ(どれほど教養が深いのか底が知れない)」と舌を巻き、清少納言を絶賛します。「名取川」は和歌で「名を取る(評判を得る)」と掛けて使われる歌枕であり、公任たち男性貴族が彼女の才気と定子後宮の知的水準の高さを公式に認めた瞬間でした。
【品詞分解と文法解説】重要語句・助動詞「すれ」「散る」の徹底解剖
テストや入試でダイレクトに狙われる重要文法ポイントを品詞分解で整理します。
| 該当箇所 | 品詞分解と文法説明 | 現代語訳・注意点 |
|---|---|---|
| 心地こそすれ | 名詞「心地」+係助詞「こそ」+サ変動詞「す」の已然形「れ」 | 係り結び(こそ→已然形)。強意の表現。 |
| 空寒み | 名詞「空」+形容詞「寒し」の語幹+接尾語「み」 | 「〜を〜み」の構文(原因・理由を表し「空が寒いので」の意)。 |
| 花に紛へて | 名詞「花」+格助詞「に」+下二段動詞「紛ふ(まがふ)」の連用形+接続助詞「て」 | 「紛ふ」は「見分けがつかなくなる、見紛う」という意味の重要古語。 |
| 思ひわづらひ侍る | ハ行四段動詞「思ひわづらふ」連用形+丁寧の補助動詞「侍り」連体形 | 「思い悩んでおります」の意。読者・聞き手に対する敬意。 |
特に「空寒み(名詞+形容詞語幹+接尾語『み』=〜が〜なので)」のミ語法は、記述式試験で文法構造の説明を求められやすい必須知識です。
【テスト頻出】敬語の種類と「敬意の方向」を完全マスター
古文読解で最も差がつきやすいのが「敬語の敬意の方向(誰から誰への敬意か)」です。「如月つごもり頃に」に登場する主たる敬語を整理しておきましょう。
| 本文の敬語表現 | 敬語の種類 | 敬意の方向(誰から誰へ) |
|---|---|---|
| 「大夫の君やいます」 | 尊敬語(いらっしゃる) | 話し手(主殿司) ➜ 対象(清少納言) |
| 「これに付けよとのたまふ」 | 尊敬語(おっしゃる) | 語り手(清少納言) ➜ 対象(先輩女房たち/中宮定子) |
| 「思ひわづらひ侍る」 | 丁寧語(〜でございます) | 語り手(清少納言) ➜ 読者(聞き手) |
| 「公任の宰相の御許」 | 尊敬の接頭語(お許) | 話し手(主殿司) ➜ 対象(藤原公任) |
主殿司のような下級役人から清少納言への敬語、そして地文における清少納言から読者への丁寧語(侍り)の識別は、記号問題でも定番の出題ポイントです。
【定期テスト・入試予想問題】頻出パターンと解答・解説
実際の試験で出題されやすい典型問題を3問ピックアップしました。自力で答えを導き出せるか確認してみましょう。
【問1:理由説明問題】
公任の歌「少し春ある心地こそすれ」に対し、清少納言がすぐに応答せず「思ひわづらひ侍る」となったのはなぜか。その理由を40字以内で説明せよ。
【解答例】
公任の見事な発句に対し、下手な返歌をして中宮定子の名声を損ねることを恐れたから。(39字)
【問2:文法問題】
「心地こそすれ」における「すれ」の基本形・活用形を答え、文末がこの形になっている文法上の理由を説明せよ。
【解答例】
基本形:す(サ変動詞)/活用形:已然形
理由:直前に係助詞「こそ」があるため、係り結びの法則によって結びが已然形になっている。
【問3:鑑賞・読解問題】
清少納言の返歌「空寒み花に紛へて散る雪を見れば」が公任ら殿上人に絶賛された最大の要因は何か。
【解答例】
「雪が寒々しく降る天候」という眼前の現実と、「白梅の花が散っているようだ」という公任の風流な趣向を結びつけ、矛盾なく調和させた点。
【如月つごもり頃に】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「如月つごもり」とは具体的に今の暦でいつ頃のことですか?
A1:「如月(きさらぎ)」は陰暦2月、「つごもり(晦日)」は月末を意味します。旧暦の2月下旬は、現在の太陽暦(新暦)に換算すると3月下旬から4月上旬頃にあたります。春の気配が立ちつつも、名残雪が降るような寒暖差のある季節感を指しています。
Q2:藤原公任はなぜ清少納言に上の句だけを送ったのですか?
A2:平安貴族の間では、機知や和歌の教養を競い合う「連歌(れんが)」のような遊びが日常的に行われていました。公任は才女として評判だった清少納言の力量を試し、定子後宮の知的レベルを品定めする意図をもって上の句だけを贈りました。
Q3:テスト対策で一番覚えるべき最重要要点は何ですか?
A3:まずは「清少納言の返歌(空寒み〜)の現代語訳」と「ミ語法(空寒み=空が寒いので)」、そして「公任の歌に対する清少納言の心情(恐れ多さとプレッシャー)」の3点です。これらは国公立大の二次試験から定期テストまで共通して狙われる王道ポイントです。
『枕草子』の「如月つごもり頃に」は、単なる古文の説話にとどまらず、宮廷社会を生き抜く女性の誇りと知略が克明に刻まれたドラマです。公任からのプレッシャーに怯みながらも、最高のウィットで切り返してみせた清少納言の姿は、千年の時を超えて今なお鮮烈な魅力を放っています。
文法構造や敬意の方向を正しく整理できれば、古典の読解は決して難しくありません。登場人物たちの緊迫した空気感を想像しながら、ぜひ得点源へと変えていってください。