高校古典の教科書や定期テストで必ずと言っていいほど登場する『枕草子』の有名章段「中納言参りたまひて」。平安時代中期の華やかな宮廷サロンを舞台に、中納言・藤原隆家と才女・清少納言の間で交わされたスリリングかつ知的な会話の応酬が鮮やかに描かれています。
古典の授業で習ったものの、「なぜ扇の骨の話でクラゲが出てくるのか」「誰が誰に対して敬語を使っているのかがややこしい」と頭を抱える学習者も少なくありません。本稿では、物語の背景にある人間関係から、現代語訳、品詞分解、テスト対策に直結する敬語の識別ポイントまで、わかりやすく網羅して解説します。
【3分でわかるあらすじ】中納言参りたまひての全体像と登場人物

まずは、この章段で押さえておくべき主要な登場人物と大まかなストーリーの流れを把握しましょう。舞台は一条天皇の皇后である中宮定子の後宮(登華殿)です。
登場人物は主に以下の3名です。
・中宮定子(ちゅうぐう ていし):一条天皇の正妻であり、清少納言が心から敬愛し仕えている女主人。
・藤原隆家(ふじわらの たかいえ):定子の同母弟。当時は中納言の官職にあり、血気盛んで自信に満ちた若き貴公子。
・清少納言(せいしょうなごん):定子に仕える女房。『枕草子』の筆者であり、機転と教養で定子サロンを盛り上げる中心人物。
ある日、中納言である隆家が姉の定子のもとを訪れます。隆家は「素晴らしい扇の骨を手に入れたので紙を貼らせようと思うが、並の紙では釣り合わない。これまで見たこともない異様な骨なのだ」と誇らしげに自慢します。それを御簾の内側で聞いていた清少納言が、「では、それは扇の骨ではなく、クラゲの骨なのでしょうね」と口を挟みます。隆家は一本取られたと大笑いし、「その言葉、私が言ったことにさせてくれ!」と彼女の機転を絶賛するというユーモラスな一幕です。
【原文・現代語訳の対比】藤原隆家と清少納言のハイレベルな知恵比べ
テスト対策や深い読解に役立つよう、原文と現代語訳を段落ごとに対比して見ていきます。
【原文】
中納言参りたまひて、御扇奉らせたまふに、「隆家こそいみじき骨は得て侍れ。それを張らせむとするに、えあるまじき(※異本:ことさらにすぐれたる)紙求め侍るなり」と申したまふ。
「いかやうにかある」と問ひきこえさせたまへば、「すべていみじう侍り。『さらにまだ見ぬ骨のさまなり』となむ人々申す。まことにかばかりのは見えざりつ」と言ひ高くのたまへば、
【現代語訳】
中納言(藤原隆家)が参上なさって、(中宮定子に)扇を差し上げなさるときに、「私隆家は、実に素晴らしい扇の骨を手に入れました。それに紙を張らせようと存じますが、滅多にない素晴らしい紙を探しているところです」と申し上げなさる。
(定子が)「どのような骨なのですか」とお尋ね申し上げなさると、(隆家は)「何から何まで素晴らしいのでございます。『まったく今まで見たこともない骨の形状だ』と人々も申します。本当にこれほどの骨は見たことがありませんでした」と声を張り上げておっしゃるので、
【原文】
「さては、扇の骨にはあらで、くらげの骨にこそ侍るべけれ」と聞こゆれば、「これ、隆家が言ひにしてむ」とて、笑ひたまふ。
かくだに言ひ出でたるはいとわろきに、なほ、いかに言ひつるぞと、問ふ人ごとに語りたまふも、をかし。
【現代語訳】
(私が)「それでは、扇の骨ではなくて、クラゲの骨でございましょうね」と申し上げると、(隆家は)「この上手い言葉は、私隆家が言ったことにしてしまおう」とおっしゃって、お笑いになる。
このように(自分の機転を自慢して)書き残すことさえ実にみっともないのだが、それにしても、(隆家が)「清少納言は何と言ったと思う?」と、訪ねてくる人ごとに語りなさるのも、実に趣深く面白い。
「くらげの骨」の意味と由来|清少納言の秀逸な返答と機転の真相
なぜ清少納言は、隆家の自慢話に対して唐突に「くらげの骨」と返したのでしょうか。ここには平安貴族が共有していた教養と、言葉のレトリックが隠されています。
クラゲには骨が存在しません。そのため、古くから日本や中国の伝承・ことわざにおいて、「クラゲの骨」は「この世に絶対に存在しないもの」「あり得ないもの」の代名詞として用いられていました。
隆家は「今まで誰も見たことがない(=世の中に存在しない)素晴らしい骨だ」と大仰に自慢しました。清少納言はその言葉の揚げ足を鮮やかに取り、「誰も見たことがない骨なら、それはこの世に存在しない『クラゲの骨』ですね」とユーモアを交えて返答したのです。
ただ言い負かすのではなく、相手の誇張表現をユーモラスに包み込んで座の空気を和ませる。この瞬時の機転こそが、定子サロンを代表する知性派・清少納言の真骨頂でした。隆家もプライドを傷つけられるどころか、その当意即妙な返しに感服し、「自分の手柄にしたい」と笑って受け止めています。
【品詞分解と重要単語】テスト頻出の文法ポイントを総ざらい
定期テストや大学入学共通テストレベルの古文で頻出する、重要単語と助動詞の品詞分解を整理します。
① いみじき骨は得て侍れ
・いみじき:形容詞(シク活用・連体形)「並々でない、大変素晴らしい」
・得(え):動詞(ア行下二段活用・連用形)「手に入れる」
・て:接続助詞
・侍れ(はべれ):補助動詞(ラ行変格活用・已然形)丁寧語「〜ます、〜ございます」※係助詞「こそ」の結びで已然形。
② さらにまだ見ぬ骨のさまなり
・さらに:副詞(下に打消を伴って)「まったく〜ない」
・見:動詞(マ行上一段活用・未然形)
・ぬ:打消の助動詞「ず」の連体形「〜ない」
・なり:断定の助動詞「なり」の終止形「〜である」
③ くらげの骨にこそ侍るべけれ
・に:断定の助動詞「なり」の連用形
・こそ:係助詞(強調)
・侍る(はべる):補助動詞(ラ行変格活用・連用形)丁寧語
・べけれ:推量の助動詞「べし」の已然形「〜にちがいない」※「こそ」の結びで已然形。
特に「さらに+打消(ぬ・ず)」の呼応構造や、「こそ〜已然形」の係り結びは文法問題の定番です。
【敬語の識別】中宮定子・藤原隆家への敬意の方向を徹底整理
『中納言参りたまひて』で最も受験生を悩ませるのが敬語の主体(誰が)と客体(誰に)の判別です。宮廷社会における身分の上下関係が明確に反映されています。
身分の序列:中宮定子(最上位) > 中納言藤原隆家 > 清少納言
【敬語の重要チェック箇所】
・「参りたまひて」
「参り」は謙譲語(隆家から中宮定子へ)、「たまひ」は尊敬語(作者・清少納言から隆家へ)。
※身分の高い隆家がさらに上位の定子のもとへ行くため、謙譲語と尊敬語が重なる最高敬語のような形になります。
・「申したまふ」「言ひ高くのたまふ」
「申す」は謙譲語(隆家から定子へ)、「たまふ」「のたまふ」は尊敬語(清少納言から隆家へ)。隆家が定子に申し上げる動作を清少納言が敬意を込めて記述しています。
・「問ひきこえさせたまへば」
「きこえさせ」は謙譲語(定子から隆家へ…形式的な謙譲表現)、「たまへば」は尊敬語(清少納言から定子へ)。定子の発言には極めて高い敬意が払われます。
・「聞こゆれば」
「聞こゆ」は謙譲語(清少納言から隆家へ)。清少納言自身が隆家に申し上げた動作をへりくだって表現しています。
【定期テスト予想問題】押さえておくべき頻出パターンと解答のコツ
定期テストで高得点を狙うために、よく出題される問いと解答のエッセンスをまとめました。
問1:「これ、隆家が言ひにしてむ」の「む」の文法的意味と、隆家の心情を説明せよ。
【解答のコツ】「む」は意志の助動詞(〜しよう)。心情としては、清少納言の機転の利いた見事な返答に大いに感心し、あまりに出来が良いので自分が思いついた冗談にしたいというユーモアと賞賛の気持ち。
問2:「かくだに言ひ出でたるはいとわろきに」とあるが、筆者が「いとわろき」と感じている理由は何か。
【解答のコツ】自分が機転を利かせて気の利いたことを言ったという自慢話を、わざわざ文章にして書き残すことがみっともなく思われるから。
問3:「くらげの骨」という表現が使われた理由を、当時のことわざや背景を踏まえて簡潔に述べよ。
【解答のコツ】クラゲには骨がないことから、「世の中に存在しないもの」のたとえとして使われており、隆家が「まだ見たこともない珍しい扇の骨」と自慢したことへの洒落(当意即妙な切り返し)として用いたため。
【枕草子「中納言参りたまひて」】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:藤原隆家と清少納言はどのような間柄だったのですか?
A1:隆家は清少納言の主人である中宮定子の実弟です。身分の違いはありつつも、定子のサロンでは貴族と才気ある女房たちが歌や会話のセンスを競い合っており、気心の知れた親しい関係性であったことがうかがえます。
Q2:なぜこの話の最後に清少納言は言い訳のような一文を入れているのですか?
A2:「自分の手柄話(機転を利かせた話)を自慢げに書くのは品がない(いとわろき)」と謙遜しつつも、隆家が周囲に自慢して回った事実を記すことで、結果的に定子サロンの華やかさと自身の才気を後世に残す効果を狙った清少納言らしい筆致です。
Q3:テスト対策で一番注意すべき要点はどこですか?
A3:会話文の主語の判別と、「たまふ」「申す」「聞こゆ」などの敬語の向き(誰から誰への敬意か)です。特に定子と隆家の会話に清少納言が口を挟む場面は、主語が省略されやすいため丁寧な現代語訳との照らし合わせが必須です。
『枕草子』の「中納言参りたまひて」は、単なる古典文法の教材にとどまらず、千年前の貴族社会で交わされた生き生きとした知恵比べを今に伝える魅力的な章段です。
隆家の豪快な若者らしさと、それを受け止める清少納言のシャープな知性。敬語の構造や語句の背景をしっかりと理解したうえで原文を読み直すと、平安の宮廷サロンに響く貴族たちの笑い声がより鮮明に浮かんできます。定期テスト対策はもちろん、古典の面白さを体感する入門としてもぜひじっくり味わってみてください。